JAPAN-GEOGRAPHIC 通信員 通信員とは 通信員リスト
末永邦夫 Suenaga Kunio
■ Web Magazine 投稿履歴
May 2016 「加藤司書の犬鳴御別館を訪ねて」
前回の「月形洗蔵」の続編です。前回投稿した「月形洗蔵幽閉の地」から、「犬鳴御別館」に興味をもちました。 御別館は、犬鳴ダムの奥に城跡が残っているようなので、現地を訪ねてみました。 御別館を構築した加藤司書は現在でも現地の方たちに慕われ、城跡は山奥にもかかわらず桜並木が植林され、美しく整備されていました。
Jan 2016 福岡県筑紫野市 古賀 「月形洗蔵幽閉の地」碑
地元の歴史を見直そうとする活動の一環で、筑紫野市にある明治維新の遺跡の紹介です。筑紫野市古賀に「月形洗蔵(せんぞう)幽閉の地」と刻まれた石碑が建っています。 月形洗蔵は筑前勤王党の志士です。藩主・黒田長溥(ながひろ)に尊皇論の立場から述べた建白書を提出したため、捕縛され、この地【御笠郡古賀村佐伯五三郎宅(現・筑紫野市古賀)】に約1年間幽閉されました。 「禁門の変」で敗れた長州藩が匿っていた五卿(三条実朝他)を福岡藩に移すため、幽閉中の月形洗蔵は罪を許され、1865年に五卿を太宰府天満宮の延寿王院(現在の西高辻家邸宅)に迎える働きをします。 五卿がここに滞在中、西郷隆盛、高杉晋作、坂本龍馬など勤王派の志士が訪ねて来て,維新の相談をします。 福岡藩は犬鳴山に福岡城の代替の城(犬鳴山別館)を築こうとした事や、五卿の元に集まる志士や筑前勤王党の行動が幕府にとがめられます。 このため、1865年、福岡藩は筑前勤王党の藩士を捕縛拘束し、家老加藤司書以下7名切腹、月形洗蔵以下14名斬首など処罰します【乙丑(いちゅう)の獄】。 福岡藩の筑前勤王党は壊滅します。月形洗蔵は薩長同盟の基礎となる建白書を作り、その後、坂本龍馬が実行へ移したと云われています。 また、戯曲の主人公の月形半平太は、月形洗蔵と武市半平太(土佐勤王党)をモデルにしたと云われています。 明治になって、月形洗蔵は贈正四位とされ名誉を回復します。
Aug 2015 御笠(みかさ) 〜宝満山の里〜
筑紫野市に御笠と言う地区があります。 この地区は積極的に市のまちおこし活動を行なっています。御笠まちづくり振興会が「御笠地区 歴史・自然散策マップ」を作成していました。 これを見て、映像化することを提案。「マップ」をベースに映像化するプロジェクトを発足。 約1年かけて、四季の風景とお祭りを取り入れて作成したものです。
Jun 2015 「宝満山 金の水」 source movie
今年、facebookで福岡県筑紫野市 宝満山で「金の水」の現象を見たとの報告が出ていました。それで、約8年ほど前に撮影してたのを思い出し、約2分ほどに編集してみました。 現象の記録としてご報告します。太宰府市と筑紫野市にまたがる宝満山。山頂から本道寺へ下ると約8合目に「金の水」という水場があります。その名前の由来は年に1度、岩窟の岩の隙間から太陽光線が差し込み、水が流れる岩場に光が当たり、金色に輝く瞬間が有ることからつけられたそうです。 2007(H19)年5月、たまたまその現象に出会う事ができました。その時の記録です。 「金の水」の全景、水場の岩窟の岩場に当たる太陽光線、ハート型に金色に輝く「金の水」の現象
May 2015 「現在に生きる山伏への信仰」 福岡県小郡市如意輪寺
如意輪寺は真言宗御室派であり、ご本尊は如意輪観音立像です。 境内、寺内には多くのカエルの像があるため、カエル寺と言った方が有名なお寺です。 今回、友達の誘いで初めて1月17日の初観音大祭火渡り護摩修法を見学したので、その時の様子をまとめてみました。 そこには、昔ながらの山伏さんへ、今でも大衆の信仰が生きているのを目にして感慨深いものがありました。
Apr 2015 里山炭焼き体験塾 in 平等寺
私が住んでいる筑紫野市は福岡市のベッドタウンとして新しい住民が増えています。しかし、里山は老齢化により、手入れができず段々と荒れてきています。このため、里山の整備と炭焼きの伝統を広く住民に知ってもらおうと、市の主催で「里山炭焼き体験塾 in 平等寺」が計画されました。 昨年秋に行われた「体験塾」に参加したので、その時の様子を報告します。
Dec 2014 5年に1度の八女津媛(やめつひめ)神社の浮立
八女市矢部村大字東部北矢部字神ノ窟に「八女津媛神社」があります。 祭神は、景行天皇筑紫巡幸の頃、八女東部一帯を治めていた八女津媛神であり、養老三年(719年)の創建と伝えられています。 この浮立がいつ頃から始まったのか詳らかではありません。 全く文献がないため時代や人物などについては不明ですが、踊りや服装からして、神仏混淆の時代であり、平安朝の頃からではないかと思われています。 昔から春に豊年を祈る「願立」の行事があり、秋になると「願立成就」のお礼として「浮立」を奉納してきました。 戦時中、途絶えましたが、昭和26年一旦復興されました。 その後、また途絶てしまいました。 村人の熱心な協力で、昭和38年に再開され、その後5年に一度、11月中旬に浮立が奉納される様になりました。
Nov 2014 「古都の光」
9月25日太宰府天満宮の神事「神幸式大祭」に行われる「千灯明」に先立ち、21日に水城・政庁跡・観世音寺を灯す「古都の光」が行われました。
「古都の光」は多くのボランティアの団体(TEAM SEICHOU)の協力で下記の様な催しがおこなわれました。
①ギャラリートーク 復元大宰府政庁 (太宰府展示館)
②星空ガイド in プラネタリウム (移動天文台ドーム)
③ASUKAコンサート
④「星のランタン」「蓮の華あかり」
→今回はここの活動を主体に取材
⑤水城跡の原木を使った灯明
⑥絵灯明
⑦竹灯明
⑧木ウソ灯明
何もない大宰府政庁跡のダダぴろい広場が夜暗くなって、灯明に埋め尽くされた風景は、多くの参観者を楽しませてくれました。 その一部始終を垣間見て、ボランティアさん達の力に感動しました。 「恐るべしボランティ・パーワー」
Sep 2014 マリンワールド海の中道
マリンワールド海の中道(なかみち)は福岡市東区にある水族館です。 1980(S55)年4月に開館。「対馬暖流」をテーマに熱帯から温帯、寒帯の魚約350種、2万点を展示。 建物は国営海の中道海浜公園と隣接し、周辺を海と公園に囲まれ、自然豊かな環境にあります。 特に、コビレゴンドウクジラのユキちゃんは4634日と国内飼育最長記録(2014年8月8日現在)を更新中です。
May 2014 唐津街道探索
唐津(からつ)街道は江戸時代に唐津から長崎街道の木屋瀬宿(こやのせしゅく)までの道を言います。唐津藩や黒田藩が参勤交代で利用した街道です。現在、博多の町の旧唐津街道は狭いですが、今でも裏道として市民に利用されています。道沿いには九大の工学部(現在今宿へ移転中)や病院、そして崇福(そうふく)寺などがあります。崇福寺は黒田家の墓所であり、藩祖官兵衛孝高(如水)や初代藩主長政の墓碑があります。今回、博多の道に残る唐津街道の軌跡をたどり、JR箱崎駅から天神までをのんびりと歩いてみました。
Mar 2014 「竹あかり幻想の世界」
梅の花が咲き出し、春の先駆けの催しが行われたので撮影に行ってきました。ちょうど谷川梅園は満開で、また天候にもめぐまれ、楽しい時間が持てました。また、観梅会と同時開催の「竹あかり幻想の世界」は、今年も力作ぞろいで多くの来場者を楽しませていました。
Oct 2013 「宝満山 カエルも峰入り」
いままでに、何度も登っていた宝満山(標高約830m)の山頂にカエルが居るのを今年初めて気がつきました。 それで、今まで撮影してきたヒキガエルと宝満山山伏の記録を一つにまとめてみました。「宝満山 カエルも峰入り」宝満山は大宰府政庁の鬼門(東北)に位置する標高約830mの霊山です。
ヒキガエル 2月産卵のために、ヒキガエルが山から下ってくる。この時、林道の側溝にカエルが落ち込むので、救出作業中です。
Jul 2013 福岡県 四王寺山と大野城
今回は、四王寺山を散策し、古代山城の大野城の遺蹟をまとめましたので報告します。 いつもは宝満山ばかりに足を向けており、横目に眺める山が四王寺山でした。 古代山城の大野城を知るため、四王寺山の三十三石仏を調査されている四王寺山勉強会の方たちの案内ルート調査に同行させてもらい、今回の報告をまとめることができました。 四王寺山と大野城はあまりにも身近すぎて、知っている様でその奥深さは今回、勉強されている方たちのご指導を得るまで気づきませんでした。 宝満山が山として今年中に国指定史跡の候補にあがっています。 山全体が史跡指定になるのは珍しいそうです。 大宰府政庁を中心とした史跡について、丹念に記録して行きたいと思っています。
Mar 2013 冬の里山の小鳥たち 福岡県筑紫野市天拝山
天気の良い、冬の日差しの中、散歩がてら天拝山に登りました。天拝山は標高約258m、天拝公園から歩いて約50分と表示されています。自分の足では約30分で山頂に着きました。途中注意して見ていると、人の気配がなくなると、登山道へ、小鳥たちが出てきてエサを採っています。そして、登山者が近づくとさっと森の中に隠れていました。また、山肌を注意して見ると、いろいろな種類の小鳥がエサを採っているのが見られました。
Nov 2012 太宰府天満宮 神幸式大祭
一般に行われている神幸式(じんこうしき)は国家の平安と五穀豊穣を感謝する秋祭りですが、太宰府天満宮の神幸式大祭はそれに加えて、菅原道真公の御霊をお慰めするとともに、榎社(えのきしゃ)に幽閉中の道真公を温かく世話をしてくれた老婆(浄妙尼)の祠に向かい、1年ぶりの対面をして、今に変わらぬ感謝の気持ちを伝える神事です。 太宰府天満宮から榎社まで約3Kmの距離を約2時間かけて、平安時代をしのばせる衣冠姿の神職や氏子たちがゆっくりと進み、多くの住民が行列を見守ります。 浄妙尼のご子孫が、現在近くの下大利(しもおおり)にお住まいになられており、「お迎え」提灯をかかげて、お神輿をお迎えされていました。 この神事に併せ、天拝山の山頂では迎え火が焚かれます。
太鼓橋を渡るお神輿の行列
Oct 2012 鎮守の森の守り神
某神社の奥様から、境内にフクロウの幼鳥がいるとの連絡で撮影に行きました。
日頃、鳴き声は聞いていましたが、実物と対面したのは初めてです。
幼鳥は、一見まるでぬいぐるみのお人形さんみたいでしたが心なしか不安げな顔をしていました。
公表については、下記の様な要望がありました。
①神社が特定されないようにする。
②このため、現地で対応した人の顔を出さない。
なお、筑紫野市は福岡市のベッドタウンとして、開発が進み、自然環境が劇的になくなってきています。今では、鎮守の森は緑の孤島と化しています。の中でも、まだまだ野生生物が生き残っています。
このことを、多くの方々に知って頂き、鎮守の森が守られて行く事を祈っています。
Sep 2012 福岡県筑紫野市原田宿 原田小の時代行列
江戸時代、長崎街道は長崎と江戸を結ぶ、九州の街道でした。 この街道をオランダ商館員や九州の大名が参勤交代で往来していました。 長崎街道は黒田藩筑前の国を通っており、藩内には宿場が六箇所ありました。 すなわち、肥前藩と国境を接する原田宿(はるだしゅく)、山家宿(やまえしゅく)、内野宿、飯塚宿、木屋瀬宿(こやのせしゅく)、そして、小倉藩と国境を接する黒崎宿です。 これらを筑前六宿(むしゅく)と呼びます。 原田小学校では、6年生になると校区にあった原田宿について学習し、集大成として、6年生全員が当時長崎街道を旅していた人々に扮して、小学校から筑紫神社までの約2kmを歩く、時代行列を毎年10月に行っています。今回、この様子を取材しましたので、報告します。なお、6年生の生徒約130人が履く、わらじやぞうりを大分県佐伯(さえき)市の間曽(まそ)久男さん(82才)が一人で作成されています。 きっかけは、間曽さんのお孫さんが原田小生徒の時、夏休みの宿題にわらじを作らせて、提出させたところ、学校の先生の目に止まり、それから作成依頼がくるようになったそうです。H23年現在で、すでに7年間つづけられているそうです。
Jul 2012 阿志岐山城跡探訪
阿志岐山城跡(あしきさんじょうあと)は、1999(H11)年3月に筑紫野市の宮地岳(みやじだけ)の山中で発見された古代(約1300年前)の山城跡です。遺跡は、切石を連ねた「列石」と呼ばれる基礎の石の上に、土を突き固めて築いた版築の土塁(城壁の役割)が、総延長約1.3kmにわたって発見されました。また、谷には水門跡と考えられている石塁(石を高く積み上げたもの)が三箇所で見つかっています。特に第3水門は、全長約23m、高さ約4mあり、全国でも屈指の規模を誇ります。阿志岐山城跡は、特別史跡「大野城跡」や「基肄城跡」「水城跡」に囲まれた位置にあり、造られた時代もほぼ同じだと考えられており、我が国の古代史を解き明かす上で大変重要な遺跡であることから、2011(H23)年9月21日に国の史跡に指定されました。(以上、筑紫野市のパンフレットより)
この遺跡は、最初、民間の研究者により、その所在が発見され、現在、筑紫野市文化振興課などにより、発掘調査が進められています。このため、今年3月の17日、18日、20日の3日間だけ、希望者を募集して現地説明会が行われました。この時、現地の御笠コミュニティ・センター(御笠振興会 みかさしんこうかい)の方たちが、見学者のため、説明会会場で「豚汁」の御接待をされたので、この様子を含めて、遺跡の概要を報告します。
Jun 2012 福岡県八女市立花町 男ノ子焼の里・れんげ祭り
前回、祭りの準備までを報告しましたが、今回は、さくらんぼ幼稚園の園児が卒園記念に手形の陶板を作るところから、祭りの準備状況、祭り当日の様子までを再構成しました。年に1度の祭りは、地元の方たちの協力で行われ、派手さはありませんが、ぬくもりの有る、のんびりできるお祭りです。
May 2012 男ノ子焼の里
八女市立花町の 登り窯 男ノ子焼きの里は、約400年前、柳川藩主)立花宗茂が朝鮮半島から連れ帰った陶工によって始められたという。以後80年間、柳川藩の御用窯として栄えたが、熊本県の小岱山の麓に移したため、途絶えた。その男ノ子焼きの再興を目的に建てられた施設が「男ノ子焼きの里」である。
Mar 2012 福岡県八女市立花町「竹あかり」
八女市立花町の谷川梅林で行われる「夢たちばな観梅会」は今年で23回目になります。この時、「竹あかり幻想の世界」が、トンネルを利用して開催されます。 これは、特産の孟宗竹を使った「竹の燈明」で、各種の模様が彫られ、それが暗闇の中で輝くロウソクにより、幻想的な世界を創り出すものです。「竹の燈明」は地元消防団の方達が時間外に1月から、延べ人数約500名がかりで作成されていました。また、公募によるボランティアさんの作品「竜の竹燈明」も展示されていました。 今回、ボランティアさん約30名の方達が竹の燈明を作られるところから取材しました。 作成は大変な手間ひまのかかるものでした。しかし、作品は観る人々に暖かな気持ちをもたらす、素晴らしいものでした。ボランティアさん、消防団さん達の献身的な活動に感謝します。
Jan 2012 太宰府天満宮 「鬼すべ」
毎年、1月7日夜に「鷽替え(うそかえ)神事」の後、 「鬼すべ神事」が行われます。年の始めにあたり、その年の災難消除や開運招福を願い、境内東神苑にある鬼すべ堂で行われる火祭りで、天満宮の三大祭の一つです。
Nov 2011 がんばれ福島の若夫婦その2
2011年5月にアップした「がんばれ福島の若夫婦」に、6月にいわき市を訪問した時の映像を追加して、再編集しました。 福岡から福島へ取材に行く時、大変後ろめたいものを感じて行きました。人々が苦難な状態にあるのに、物見遊山で行くような申し訳ないような気持ちでした。しかし、実際に現地に足を踏み入れ、被災現場を見て、胸が痛みましたが、結果としては、行って来て良かったと思っています。福島原発の問題は簡単には解決するものではなく、長い時間がかかるようです。しかし、地元の方とボランティアの方たちの復興活動を見て心強く感じました。 当ビデオは、東日本大震災と福島原発災害に遭遇した一市民の記録として作成しました。
Sep 2011 太宰府木うそ保存会
当ビデオは、保存会が太宰府市民遺産に認定されるまでの活動状況を保存会のご協力を得て、まとめたものです。 年のはじめ、正月7日に太宰府天満宮で行われる鷽替(うそかえ)神事。その時、参加者が持ち寄るのが「木うそ」です。 太宰府の木うそは、万治年間(1658〜1661年)制作と伝承される絵図が「天満宮御一代記・絵本菅原実記」に記され、また太宰府天満宮の鷽替神事は、貝原益軒が貞享(じょうきょう)二年(1685)「太宰府天満宮故実」の中で「正月七日の夜はまず酉の時ばかりにうそがへといふ事あり」と紹介しており、400年近い歴史を持っています。
一寸程の小さい木うそ(豆木うそ群)
太宰府木うそ保存会の研修風景
Aug 2011 「古代へタイムスリップ」
大宰府政庁跡から朱雀大路の痕跡をたどり、二日市温泉の大友旅人歌碑までをたどる「街歩き」です。 自分達の住んでいる場所の歴史を知って欲しいと云う活動を記録したものです。
Jul 2011 筑紫野市二日市温泉の歴史的魅力
二日市温泉の歴史は古く、約1300年前に大宰府政庁に勤めていた万葉集の大伴旅人もたびたび訪れていたといわれています。二日市温泉から九州自動車道の下をくぐると天拝公園にでます。ここから天拝山(258m)山頂まで約30分程で登れます。菅原道真公が山頂で自分の無実を天に訴えたと云われています。当時二日市温泉は、「芦田の湯」または「次田(すいた)の湯」と呼ばれていました。江戸時代には黒田藩主のための御前湯も設けられ、これを管理する温泉奉行が住んでいました。また、明治維新時、尊王攘夷派の五卿が約3年ほど太宰府で過されています。このため、筑紫野市には五卿が訪れた折に読まれた歌やお手植えの松など記念の品々が数多く残されています。明治以降は「むさし温泉」、昭和に入って「二日市温泉」と呼ばれ、博多の奥座敷としてにぎわって来ましたが、現在はなんとか温泉街の面影を残しています。
May 2011 映像作品「がんばれ福島の若夫婦」
福岡県で生まれ育った、三男哲治が福島県いわき市の企業に就職して早や五年。 哲治が地元の女性と結婚し、福島の自然を教授していた所に、今回の大地震・大津波そして福島第一原発の事故に遭遇し、その中で若夫婦が力を合わせて、地元再生へ健闘している様子をまとめました。
いわき市での炊き出し活動風景(左:早夏、中央:哲治)
Mar 2011 鳥のうそ
鳥のうそは天神様のお使いと言われ、その姿をかたどったのが木うそです。 前回、太宰府天満宮の正月行事「うそ替え神事」を報告しましたが、なんとか実物の「うそ」を撮影したいものと狙っていました。 それが、やっと撮影できました。 山神ダム湖畔の桜の木にやってきて、さかんに桜の花芽をついばんでいました。
Jan 2011 太宰府天満宮 うそ替え神事
正月7日、太宰府天満宮の境内広場において「うそ替え神事」が行われます。鳥の「うそ」は天神さまのお使いと言われ、その姿を木で形作ったものが「木うそ」です。うそ替え神事には木うそを持って参加します。神事は暗闇の中で行われ、参拝者たちは「替えましょう、替えましょう」と言いながら、次々に木うそを替えて行きます。
Dec 2010 杖術(じょうじゅつ)発祥の地 宝満山
吉川英治の宮本武蔵に、杖術の使い手との立会いがあります。 この杖術の使い手が夢想権之助と言います。権之助は、武蔵に敗れた後、筑前の国宝満山で修行し、杖術を完成させたそうです。 現在でも、杖術を志す人々が全国にいて、2年に一度宝満山のふもとのかまど神社で流祖祭をしているのを知り、取材しました。 身近な山に、こんな歴史があったのかと驚いています。
Sep 2010 筑紫神社夏祭り
筑紫神社は「筑紫国」の「国号」筑紫の起源となった神社です。毎年夏祭りが7月に行われ、茅の輪くぐりをして無事暑い夏を過ごせるようにお参りをします。今年は7月18日に夏祭りが行われました。この夏祭りを、17日茅の輪作りから、18日お祭りまでを取材しましたので報告します。
Aug 2010 ベニツチカメムシ
Jul 2010 「オタマジャクシの行進」
宝満山のふもとの池でオタマジャクシがオーロラの様な模様を描いているとの連絡を受けて撮影してきました。 一匹一匹はバラバラなのに、何か全体を統率するものがあるかの様な行動です。 水族館でよく見かけるイワシの群泳を思いだしました。
May 2010 動画自然詩 太宰府 宝満山 かまど神社
Apr 2010 「おしろい祭り」 毎年12月2日午後1時から、大山祇神社で行われる、「おしろい祭り」は氏子や参拝者全員におしろいを塗り、豊作に感謝するとともに、来年の五穀豊穣を祈願するお祭りです。 全国的にも類を見ない奇習のお祭りといわれています。
Mar 2010 ニホンアカガエルの産卵
Jan 2010 「屋久島探訪」 2008年8月 東京に就職している次男がお盆休みに帰省した時、屋久島へ行きたいというので、女房と次男の3人で出掛けた時の記録を約5分ほどにまとめました。
Dec 2009 太宰府 「六所宝塔 安西塔落慶法要」 2009年11月16日(月)、 宝満山の六所宝塔跡に記念の石塔と石碑が建立され、天台宗による落慶法要が執り行われました。
Nov 2009 いわき 久ノ浜漁港 川に遡上するサケ
Oct 2009 アカハネナガウンカ
Sep 2009 福岡県久山町「首羅(しゅら)山遺跡 白山神社初詣で
Aug 2009 好きこそ物の上手なれ
■ 撮影投稿履歴 Year 2022 (一番上が最新です)
福岡県宮若市 犬鳴御別館 Inunakigobekkan, Miyawaka city,Fukuoka |
福岡県筑紫野市 古賀 「月形洗蔵幽閉の地」碑 Koga,Chikusino city , Fukuoka |
福岡県筑紫野市 御笠 Mikasa,Chikushino city,Fukuoka |
福岡県太宰府市 宝満山 Houmanzan,Dazaifu city,Fukuoka
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福岡県筑紫野市 平等寺 里山炭焼き体験塾 Charcoal making Byodoji , Chikusino city , Fukuoka
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福岡県八女市 矢部 八女津媛神社の浮立 Yametsuhimejinja,Yabe,Yame city,Fukuoka
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福岡県太宰府市 太宰府政庁跡 Dazaifu Seichoato,Dazaifu city,Fukuoka
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福岡県筑紫野市 博多見城 Hakatamijo,Chikushino city,Fukuoka
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福岡県福岡市 マリンワールド海の中道 Marine world Uminonakamichi,Fukuoka city,Fukuoka pref
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福岡県福岡市 唐津街道 Karatsu kadio,Fukuoka city,Fukuoka
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福岡県八女市 立花町 竹あかり Take-akari,Tachibana-machi Yame city,Fukuoka
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福岡県太宰府市 宝満山 かまど神社 Houmanzan Kamado jinja,Dazaifu city,Fukuoka
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福岡県 太宰府市、大野城市、宇美町 四王寺山と大野城 Shiojisan and Onojo, Dazaifu city/Oonojo city/Umi town, Fukuoka |
福岡県春日市 キバラガラ(黄腹雀) Kibaragara (Yellow-bellied Tit),Kasuga city,Fukuoka |
福岡県筑紫野市 天拝山 Tenpaizan,Chikushino city,Fukuoka
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鹿児島県出水市 ツル飛来地 Izumi crane sanctuary,Izumi city,Kagoshima
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佐賀県基山町/福岡県筑紫野市 基肄城跡 Kiijo ato, Kiyama town,Saga/Chikushino city,Fukuoka |
福岡県太宰府市 天満宮 神幸式大祭 Dazaifu Tenmangu,Dazaifu city,Fukuoka |
福岡県筑紫野市 鎮守の森のフクロウ Owl Chikushino city,Fukuoka |
福岡県筑紫野市 原田宿 原田小の時代行列 Haruda-ElementarySchool Jidaigyouretsu
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福岡県筑紫野市 阿志岐山城跡 Ashikisanjo ato,Chikushino city,Fukuoka
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福岡県八女市立花町 男ノ子焼の里・れんげ祭り Onokoyakinosato-renngematsuri,Tachibana-machi Yame city,Fukuoka |
福岡県八女市 男ノ子焼の里 Onokoyakinosato,Yame city,Fukuoka |
福岡県八女市 立花町 竹あかり Take-akari,Tachibana-machi Yame city,Fukuoka
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太宰府天満宮 鬼すべ Dazaifu Tenmangu Onisube,Dazaifu city,Fukuoka |
がんばれ福島の若夫婦その2 |
福岡県太宰府市 太宰府木うそ保存会 Dazaifu Uso,Dazaifu city,Fukuoka |
福岡県太宰府市 太宰府から二日市温泉温泉へ Dazaifu to Futsukaichionsen ,Dazaifu city,Fukuoka |
福岡県筑紫野市 二日市温泉 Futsukaichionsen, Chikushino city,Fukuoka
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がんばれ福島の若夫婦 |
福岡県太宰府市 天満宮 うそ替え神事 Dazaifu Tenmangu,Dazaifu city,Fukuoka
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筑紫野市 筑紫神社 Chikushijinja,Chikushino,Fukuoka |
太宰府 宝満山 オタマジャクシの行進 |
ムササビ Musasabi |
筑紫野市 オキナグサ Okinagusa Chikushino,Fukuoka |
太宰府 宝満山 かまど神社 Dazaifu Houmanzan Kamado jinja |
Asakura Oyamazumijinja Oshiroi matsuri
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Fukuoka Nihonakagaeru
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Yakushima General
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Houmanzan Rokusho houtou
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Dazaifu Houmanzan
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福島 楢葉 木戸川 サケ祭り Naraha Kidogawa, Fukushima
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Iwaki Hisanohama
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福岡県久山町「首羅(しゅら)山遺跡」 白山神社初詣で Hisayama Shurasan iseki Hakusanjinja
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Hisayama Shurasan iseki |
Houmanzan Rokusho houtou ruin
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Ruins of Houmanzan
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太宰府 宝満山 山伏の峰入 Dazaifu Houmanzan
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Izumi crane
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MNinami Alps Houou sanzan
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Akaishidake
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Tsurugidake
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Yarigatake,Matsumoto
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Izumi,Kagoshima wild cranes sanctuary
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太宰府 かまど神社 Dazaifu Kamado jinja
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Wild boar in Kobe Rokko mountain
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