木曽十一宿
Kiso district post towns on Nakasendo, all of 11 towns
街並を知るには最低5回は同じ場所を訪ねたい。 最初の訪問日は休日が一般的であろう。その日に3回は訪ねよう。それには理由がある。
朝日が昇らないうち、北側も南側も柔らかな光線に等しく包まれ凛としてたたずむ街並。鎧戸が開くか開かないかの頃、建物本来の様式美が街並全体に整った景観のシーケンスを見せる。冷たい空気が頬をなでる。車の音も無く、鳥のさえずり、せせらぎの水音、竹箒で路を掃く音が冴えて心地よい。
昼間には典型的な街の活動が見られるが、道路にまではみ出す看板と商品が、道行く人に対して威圧的に自己主張する。1オクターブ高い売り口上がそれに拍車をかける。道路の南側と北側の家並みでは光線の関係で明らかに印象が異なる。写真を撮ると北向きの街並は影となって埋没する。交通などの騒音も激しい。
そして夕方。朝日よりも光線が赤く柔らかく温かみを帯びる。街は活発であるが、暮れるに従い家々と街路にあかりが灯り、人々の団欒の声が聞こえてくる。夜景に配慮した街は美しい。照明の工夫次第で昼間の印象が随分変わるものだ。
残りの2回は祭りの日とオフシーズンの平日。祭りの「ハレ」の日、土地の人の情動が一つにまとまり燃焼する。訪問者もその熱狂を分かち合うことができるが、よそ者としての礼節をわきまえよう。食事やホスピタリティは期待しないほうが良い。
オフシーズンの平日に訪問すれば日常の生活が体験できる。静まり返った街中でお茶でも飲んで行きなさいと誘われる。暇にまかせて世間話に花が咲き詳しい話を伺うこともできる。素朴な人々の顔が見え、商売抜きのホスピタリティが伝わってくるオフシーズンにこそ街の本当の姿が現れる。
中山道において当時の宿場町の面影を最も良く残しているのが木曽11宿だ。 これらは多少の差はあれどれも同じような時期に誕生し発展したが、明治以降の鉄道とモータリゼーションに押されて衰退して行った。古き良き時代の価値を忘れ、近代建築が伝統的な街並を侵食するにまかせていた。
近年の街並保存運動への取り組み姿勢の違いから、現時点では街並保存復元の程度差がすこぶる大きい。近い将来全ての宿場がかつての街道の面影を取り戻し、魅力ある宿場町となって都市生活者に古い街を探訪する精神的価値や徒歩行の楽しさなど健康増進の価値を提供してほしいものだ。
前置きはこれくらいにしておこう。江戸の当時と比べ現代人がこのレポートでネット上での旅支度を整えるのは簡単だ。コーヒーでも入れて気分を切り替え、巻末の資料などを参考に準備ができたところでバーチャルな旅に出よう。木曽11宿を京都寄りの馬籠から順に歩いて行こう。皇女和宮の旅になぞらえたい人は駕籠と従者の準備が必要だし、泉鏡花の高野聖風の旅が好きな人には裏街道超えの支度が必要だ。
Niekawa
Hirasawa
Narai
Yabuhara
Miyanokoshi
Kisofukushima
Agematsu
Suhara
Nojiri
Midono
Tsumago
Magome
【世界の中山道】
11宿を歩いて全部を比較すると、改めて街づくり町おこしへの取り組みの温度差が浮き彫りになる。木曽十一宿全ての宿場町と街道の復元整備が待ち遠しい。木曽は全国の宿場町の中でも有利な潜在力を持っている。中山道、木曽ヒノキなど、教科書で全員が学んだ既知のブランドである。島崎藤村、皇女和宮などの人物ゆかりの地でもあり、物語にはことかかない。首都圏への近さ、リゾートとしての魅力、現状の街並保存の成功例、潜在的な街並復元の可能性、旧街道の連続整備の可能性などに満ち溢れている。行政単位ではなく、ぜひとも11宿全体で考える必要がある。そのためにはどうするか。
「中山道木曽11宿」ブランドのモデルプロジェクトを推進すべきだ。地方行政はもちろんのこと、国土交通省、文化庁、環境省、観光輸送産業、マスコミなど、そして忘れてはならないのが住民と訪問者、それら関係先全てが参加する協議会(形式的な会議ではなく、ネットを利用した積極的でオープンなもの)を設け、小さな提言でも良いから各自できることから始めるべきだ。モデル事業を次々に成功させれば、諸外国には同じものが絶対に無いブランドであるから、海外からの訪問者も含め古きよき日本の街を訪ねる成功例となるであろう。また財源として、オリンピックなどのイベントと同様スポンサー企業を募るべきだ。特に文化庁に要望したいのは、狭い地域単位での街並保存指定をするのではなく、11宿全体を広域の街道と宿場町群として保存復元推進すべきであるということ。イベント、キャンペーンなどもこの単位で実施すべきであろう。
東海道は街道そのものも宿場も破壊された箇所が多いが、中山道は比較的良く残っている。今後10年以上かかるだろうが、究極的な目標として江戸から京都三条までの中山道全宿場と街道を保存復元して整備すれば、日本が誇る世界的な歴史文化遺産となるであろう。必ずしもユネスコ世界遺産に登録されなくても良い。実効性ある「中山道プログラム」ができ上がることが重要だ。ガイドラインとしての中山道憲章なども必要であろう。
最近多くの人が週末などを利用して中山道を歩いている。飛び飛びに宿場間を歩いているのだが、自動車の往来も多く、道案内も整備が足りない。四国や秩父の寺巡りも良いが、身近にこのような歴史文化の体験コースがあれば、風光明媚なリゾートを縫うコースであるし、徒歩による健康増進にも役立つ。厚生労働省、環境省などもプログラムに参加し、保健の見地からも老若男女オムニバスに車社会に慣れた体と頭をリフレッシュする必要がありそうだ。
現地探訪の参考文献
・ 「中山道69次を歩く」岸本 豊 信濃毎日新聞社 (おすすめ)
・ 歴史街道トラベルガイド「中山道の歩き方 木曽路をゆく」 児玉幸多他 学習研究社
・ http://nakasendo.net/
・ 「妻籠宿 その保存と再生」 太田博太郎・小寺武久 彰国社 (詳しく知りたい場合)
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