MONTHLY WEB MAGAZINE Mar.2011

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2月の新着情報

New contents in Feb.2011

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トピックス

Topics

■■■ 早春の奥日光--湯滝から泉門池に下る 田中康平

雪で覆われた奥日光も春の訪れが感じられます。

湯滝から泉門池のあたりをスノーシューで歩くと鳥や雪解けの始まった林に心地よい風が渡ります。

春はもうすぐそこに来ているようです。

湯滝には不動明王が出現しています、との説明紙があり、そう思ってみると中央下の岩の部分がそう見えなくもありません(殆ど見えない)。苦心のこじ付けのようです。

雪の上を進んでいくとキバシリ、キクイタダキやゴジュウカラ等のカラ類が飛び交っています。

泉門池にはヨシガモやマガモが浮かび、川べりではミソサザイも声をあげ、寒さの冬に終わりを告げているようでした。

■■■ 大遠忌法要 大野木康夫

2011年、京都では50年に1度の2大イベントが行われます。

法然上人800回大遠忌法要と親鸞聖人750回大遠忌法要です。

会場となる各本山では数年前から建物の修理を行うなど、準備が進められています。

そのうち、西本願寺に行ってみました。

西本願寺で行われる親鸞聖人750回大遠忌法要は、2011年4月9日から2012年1月16日までの間に65日間、115座つとめられます。

その間、全国の僧侶や門徒が大勢参拝に来られます。

法要の会場である大師堂(御影堂)では、廊下に覆いがかけられています。

覆いの中の廊下や大師堂の内部には参拝者用のパイプ椅子が並べられています。

法要期間中は、飛雲閣などが公開されるそうです。

数年間修理中で覆いがかけられていた伝道院が、ひさしぶりに姿を現しました。

西本願寺の近くには、伝道院(明治45年)をはじめ、近代建築が多く残っています。

龍谷大学(明治12年)

重要文化財です。

岩井邸村瀬本店(昭和初期)

旧村井銀行七条支店(大正3年)

旧鴻池銀行七条支店(昭和2年)

旧富士ラピッド(大正14年)

国登録有形文化財の牛丼チェーン店です。

若林仏具店(昭和2年)

国登録有形文化財です

旧不動貯金銀行七条支店(昭和5年、鉄筋コンクリート造2階建)

■■■ 鳥のうそ 末永邦夫

鳥のうそは天神様のお使いと言われ、その姿をかたどったのが木うそです。

前回、太宰府天満宮の正月行事「うそ替え神事」を報告しましたが、なんとか実物の「うそ」を撮影したいものと狙っていました。

それが、やっと撮影できました。

山神ダム湖畔の桜の木にやってきて、さかんに桜の花芽をついばんでいました。

■■■ 民家園 瀧山幸伸

二月に訪問した川崎市の日本民家園、冬の寒い日には囲炉裏の直火が心地良いです。

物理的に暖かいというわけではなく、心がほっこり暖かくなります。

日本の社会経済文化を学ぶ場であるのはもちろんのこと、環境など未来の問題を学ぶ場、自分のライフスタイルを考え直す場としても適しているのではないでしょうか。

そういう目で園内を巡ると一日でも時間が足りないほどです。

全国各地の民家園はどれもがんばっています。ぜひ訪問してみてください。

複数の民家を保存開放している屋外型博物館や民家園の主要なものを記憶を頼りに取り上げてみました。北から、

遠野伝承園

福島民家園

猪苗代 会津民俗館

常陸那珂海浜公園

古河総合公園

成田 房総のむら

小金井 江戸東京建物園

犬山 明治村

高山 飛騨民俗村

金沢湯涌温泉

和歌山風土記の丘

高松四国の村

などなど。

そうは言っても、民家は元の場所に帰してあげるのが一番幸せでしょう。

その民家が成立した地域の地理と歴史、すなわち周囲の森や田畑や集落とともに学ぶのが本来の姿ですね。

民家が建築された地域産の部材を学び、民家とその地域で行われた民俗文化を学ぶためには、現地に行くのが最も良いと思います。

民家が成立した社会経済的背景を学ぶことは、地域活性化など日本の未来を考える上でも非常に重要だと考えます。

民家園や公園にたたずむ民家は、山から湧く清水を引く樋や枡が枯れ、屋敷林も奪われて裸同然です。

閉め切られたり、囲炉裏の火を絶たれたりで茅葺屋根や建物の痛みが進む民家も多いです。

ひどいものになると元の方位も変わってしまっています。

ぽつんと公園内に置き去りにされ、戸が閉まっているような民家は特に悲しい叫びをあげています。

まるで首をもぎ取られて泣いているように感じます。

重要文化財の民家は貴重なので難しいでしょうが、それ以外の民家は宿泊してこそ価値があるのではないでしょうか。キャンプとは違う、貴重な体験学習の場です。

かまどやいろりを利用して食事を楽しんだり、座敷からゆっくりと庭を眺め、湧き水の音、竹林のそよぐ音を聞いてこその民家でしょうし、月を眺めてこその民家でしょう。

十三夜の月、十五夜の月、立待ちの月、居待ちの月、寝待ちの月、更待ちの月、そして二十六夜の月まで、農村の文化と生活リズムを知るには民家での宿泊生活体験がふさわしいと思います。

それゆえに世界遺産の白川郷や五箇山相倉や菅沼は評価が高いのではないでしょうか。

全国区各地の重要伝統的建造物群を構成する農魚村集落、たとえば美山伊根なども観光と文化財の保存と体験学習とが両立している好事例だと思います。

■■■ 「真壁のひなまつり」に出かけてきました 川村由幸 

昨年6月に国指定重要伝統的建造物群保存地区に選定された真壁にひな人形の撮影にでかけました。

このひなまつりは2003年に始まり、今年で9年目となり、年々観光客が増加しているようです。

この時期、日本中にひなまつりのイベントがあふれていて、茨城県も例外ではありません。(上の画像参照)

このようなひなまつり自体は「客寄せパンダ」ならぬ、「客寄せひなまつり」で重要伝統的建造物群保存地区とはなんの関係もありません。

ただ、古い街並みとひなまつりの組み合わせが日本人の感性にぴったりなのでしょう。

私もそれに乗せられて、ひな人形を見て歩きました。

上のひな人形は、今回見て歩いた中では比較的に古い時代の人形です。

古いものには、なにか情緒というか時間が育てた優雅さが感じられ、とても良い感じです。

近代の人形もたくさん飾られています。

精密で豪華な人形。人形というと手作りのイメージが強いのですが、古いものと比べるとより道具・工具を感じます。

少し変わった飾り雛も多くみられました。つるし雛はもうメジャーでしょうか。布に書かれた雛飾りはちょっとめずらしく感じました。

こうしていろいろな雛飾りが100軒以上のお宅に飾られています。一緒に下のような重要伝統的建造物群保存地区の街並みも楽しめます。

このweb-magazineが出る頃は、このひなまつりも終了しています。見逃した方は是非来年出かけて見てください

古い街並みとひな人形の醸し出す雰囲気を楽しんでください。

 

■■■ 一番、二番・・・・百?番星、みっつけた!!・・ 酒井英樹

先日、とある町はずれを仕事で訪れた時の夜のこと、月明かりの夜ふと空を見上げると満天の星・・?。

当日は満月だったため・・残念ながら・・満天とは言い難いですが・・地元の人に聞くと満月でなければ天の川が見えるとか・・。

それでも光害に苛まれた都会に住む身にとって・・普段星を見上げることもない・・強いて見られても1番星(大概は宵の明星)ぐらいしか目に出来ない私にとって感動以外何ものでもなかった。

思わず手に持っていたカメラで撮影しました。

もちろんモータードライブもなく、三脚さえ手元になかったのですが、一脚にカメラを据付、最大感度(ISO102,400)にして、可能な限り最速のシャッタースピードで・・。

太陽系外で一番明るい星シリウスを目標に一番メジャーなオリオン座をまず狙った。

オリオンを形成する星達・・肉眼でははっきり識別できたのが7つの星、両眼矯正視力が0.7と自動車免許ぎりぎりの水準の我が眼では上出来?・・・。

α星[固有名称:ベテルギュウス]、β星[リゲル]、γ星[ベラトリックス]、・・・κ星[サイフ]まではなんとか・・。

δ星[ミンタカ](いわゆる三つ星の一番左側の星で三つ星の中で一番暗い星)が識別できることに感動。

我が眼も捨てた物ではないな・・と再認識。

でも映し出された写真の映像に・・、いわゆるオリオンの腰帯である三つ星どころか・・腰に携えた小三つ星と呼ばれる3つの星(正確には1つが恒星、残り2つは星雲)が映っていた。

思わず・・投稿をしてしまった次第。

南の夜空 オリオン座 S= 1/15sec オリオン座(カメラ固定)S=1/15sec
 

いくら最速のシャッタースピードとしてもさすがにぶれる。

カメラを固定すると、本来点でしかない光が・・僅かながら線状に光っている・・。

私の腕が悪いせい??・・手ぶれが原因・・。いやいや・・そうでもない・・。

原因は地球のブレ・・。

いわゆる地球の自転の影響・・。

15分の1秒という普段の我々にとって瞬時と言える時間でも肉眼では感じられないが・・天の星は移動している。

ブレのない天体写真では必携の自転を補正するモータードライブを用いなかった・・というより使えなかった・・ため・・地球が動いているのだという実感できる写真になってしまった・・。

では、最後に恒例?(勝手にしてしまいました・・?)の

クイズ・・第3問・・

ズバリ、自転している地球の自転周期は○○時間○○分?

答えは、

 そんなの常識??・・地球は1回転するのが1日だから・・24時間00分・・。

 ファイナルアンサー???(この言い方も・・もう古いですね・・・)

実は 不正解。

長くなりそうなので・・続きはWEBで・・、ではなく・・次回で・・。でも、続くかな???・・・

■■■ 日光 柴田由紀江

雪の残る日光の大猷院へ行って来ました。

2月の日光とは思えないほど暖かい日で、駐車場からの道が溶けた雪でぬかるんでいました。

食事に寄った先で、こんな不思議な登録有形文化財も見つけました。

え(^_^;)カマクラ?!

種明かしをしますと、旧ホーン邸の前でした。

何故か登録文化財のプレートが、建物と向い合って立てられているのでした(笑)。

(おまけ)なごり雪(登録ユーザ限定コンテンツ) 

各地の雪景色をスライドにしましたのでご覧ください。

■■■ 南伊豆の桜 及川政治

2月の22日に南伊豆まで河津桜を見に行って来ました。 河津よりも沢山咲いていて、屋台も少ないので、こちらの方が好きなんです。 それに菜の花とのコンビネーションが素敵なので。

カメラをニコンD300からキヤノン60Dに替えたばかりですが、安いのにこのカメラ、なかなかの実力を持っています。 JPEGだとニコンより発色が良いと思えます。

クルマも半年前に軽に替えました。 なんだかグレードダウンしてばかりのように思えますが、どうしてどうして我がホンダ ゼストスパークWターボは、 荷物は沢山載るわ、伊豆のワインディングでも充分早いわ、レギュラーガソリンで実測17km/l超えるわ、と大変満足しております。

■■■ 久しぶりに”高笑い“ 笑彫の世界 中山辰夫

日経2月21日の記事を読んだテニス仲間が、その作品展を見てきました。練習日にその作品集を見せてもらい思わず笑いこけました。

難しい仏像-運慶や円空とは一味も二味も・・・比較になりませんが、こうした“笑彫”は堪りません。その日は練習になりませんでした。

ご紹介致します。詳しくはホームページを開いて下さい。 

ギャラリーくすくす 静岡県焼津市石津港町—32-29

■■■ 退職老人日記1 酒井道夫

リタイアしてほぼ一年を過ぎてみると、この事態に伴う生活の変化が身に染みて感じられ、これは逃げ隠れを許さない厳しい現実であります。

何と言っても、気軽にひょいひょいと電車に乗ってどこまでも出かけるということをしなくなった、というより出来なくなったことは大きい。

はっきりいって、年金暮らしでは電車賃もままならない。

一度の外出であれもこれもと、よほど計画的に複数の用を足すことを考えなくてはならない。

このままでは窒息死してしまうから、この事態を打開しなくてはならないが、そんなことが果たして可能だろうか?

それなりの目論見を立ててはいるが、当面は運動不足解消のためにひたすら近隣を歩き回るのが目下の主たる行動だが、ホント、老人臭い話です。

万歩計を腰に付けて1万歩を達成しようとすると、「たまらん坂」脇の自宅から歩き出して国分寺の駅に至り、そのまま真っすぐ同じ道を帰って来たのではまだ足りない。

少し余計に寄り道をして始めてそれが可能だ。

立川に向うと少々遠過ぎ、往復したらそうとうオーバーするけれども、片道では1万歩が達成できない。

ことほど左様に、府中にも向う。

……というような日々の経過で「退職老人日記」が満たされているのが厳しい現実です。

こんな毎日の道中で、何が私の関心を惹いているかを少しづつ順次報告して見ましょうか。

ご退屈で申し訳ないのですが、年寄りの繰り言をご容赦ください。以下つづく。

■■■ 我が家の猫たち(オバハン猫編) 野崎順次

以前の子猫編でも述べたように、我が家では1982〜2007年の25年間に延べ40匹の猫を飼っていた。

数の多い時には毎週のキャットフード代が数千円になった。

雌猫の名前を古くから並べると、場末のキャバレーのホステスリストか、洋風のお経のように聞こえる。

リップ、コンビ、シャロン、ミーニャ、ミルキー、グレース、ウィーク、ファイン、ベベ、タミ、イヌ、ルナ、ミニー、スージー、ハッピー、クロ、チビマルコ、フック、シェリー、タマ、ピーチャン。

若死にしたのもいるけど、大半は元気に厚かましいオバハン猫に育った。

シェリーは全身がグレー色で下腹部のシークレットトライアングルだけが白かった。色が逆だとドキッとするだろう。

シェリーはコンビ(白と黒のコンビネーションから名づけた)と格闘技の瞬間のような体勢でよく昼寝をしていた。

ミニー(左:たくましかった)とグレース(右:一番美人だった)

猫は箱に入るのが好き。グレース(左)とコンビ(右)。

■■■ ドイツの看板 柚原君子

五年前にドイツ.スイス.フランスのツアーに参加した時、 ドイツでの看板があまりにも綺麗だったので撮りました。

ホテルとかステーキやさんとかはなんとなく解りましたが、ドイツ語に堪能ではなく(笑)、 夢のある綺麗な看板、とただただ見上げて感動してきました。

欧州共通通貨はユーロですが、スイスそれに入ってなくてフランです。

そのために起こった旅の「アッ!」の顛末をエッセイにしました。

看板と共に旅のアタフタをご高覧いただけたらうれしいです。

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「アッ!」(ドイツ旅行)

トイレ掃除良し! 台所掃除良し! 冷蔵庫にたっぷりの買い置き良し! 遺言良し! いろいろな指差し確認を終えて、友人のレンコンちゃんと私は、10月28日午後フランクフルト行きJAL416便57番AB席に無事におさまった。「助け合って行こうね」「ウン、助け合って行こ行こ」と言い合った。ワイン好きのレンコンちゃんは、飛行機の中では『空飛ぶ和民』となれるのに、立て続けにワインをもらう勇気がない。私は勇気はあるがお酒は飲めない。何を飲みますか?との機内サービスに「ワイン!ワイン!」と二人で輪唱して、まずは助け合った。

13時に成田を発った飛行機は、シベリアの雪の山々をはるか下に見て、雲海の上に広がる群青の空の中、11時間半も飛び続けた。そして8時間逆戻りした勘定で同日夕方16時半にドイツのフランクフルト空港に着いた。長い一日、やっと夜の帳である。

{暗い}、{静か}{人が大きい}がドイツの第一印象。フランクフルトの空港は照明が暗く、昔の上野駅の薄暗い構内のようであった。空港からホテルに向かう高速道路もライト一本設置されていない。まるで巨大な農道が突然目の前に現れてくる感覚。それでも車は不便なく走っているのだ。真っ暗の中を。こうと決められた道を。

ドイツの方は頑固。質実剛健だそうである。平日でも17時か18時頃に店はきちんと閉店されて、家路を急ぐそうである。町も整然としてとても清潔。食事も質素。主食にあたる馬鈴薯にはうるさいようで、すりつぶされたり、ゆでられたりしてメインのお皿に乗ってくる。りんごジャムをかけてデザートにまで出てくる。お陰で旅行中はオ×ラがよく出た。お米は一回だけ出たがひどいまずさであった。久々のお米だったのに、じーと見つめただけだった。

町の暗さ、照明に関しては、もともとドイツの方は目の質が弱いので、明るい照明は苦手とのこと。24時間営業のコンビニが煌々とライトをつけて営業をしている日本。日本人はきっと今に失明するとドイツの方はおっしゃるそうである。目の事はともかくとして、24時間営業が許されている日本は、あらゆる規制を自らの手でわざわざ崩しているような気がする。そうして文化も日本人気質も失っていくような気がする。そうして、日本人そのものがいつかどこかの誰かに混ざってゆき、かつて日本人という人種があった、ということになるのではないか。わずか二日しかいないドイツであったがそう感じた。

今回の旅行は欲張り旅行で、四つの国を訪れる。使用するお金はユーロとスイスフラン。手品ではないが、成田で日本円を仕舞い、ドイツでユーロを出して、スイスでユーロを仕舞ってフランを出す。フランスでフランを仕舞ってユーロを出す、ということになる。

連れのレンコンちゃんはA型生真面目、私はO型大雑把。私は財布ごと入れ替えるだけ。レンコンちゃんはその日ごとに家計簿をつける。持って出たお金と、出金明細と残金が合って初めてレンコンちゃんは眠れる。出金品目はそれほど無い。ランチの飲み物、お土産、バスの中で売っているエビアン水。そんなものである。ドイツの最後の夜はそれらに加えて、Coopと書かれた生協のスーパーマーケットに行った。レシートをくれなかったのでつけあわせがややっこしかったが、記憶を手繰り寄せて家計簿をつけるレンコンちゃん。その横で、ユーロとフランの入れ替えだけの私。夢中で計算しているれんこんちゃん。話しかけるのも悪いので、私もその横で一緒にやってみた。

レンコンちゃんが一日の行程を読み上げてくれる。そしてお互いに使ったお金を書き込んでいく。「ピッタリ合った!」とレンコンちゃん。「5ユーロ足りない」と私。人のお金とは言え、とても気になるA型親切レンコンちゃん。貸してごらんと私のメモを引き寄せて、再度一日の動きを追う。「色鉛筆を買ったときにどのユーロ紙幣を出したの?おつりは?レシートは?」とレンコンちゃん。「10ユーロ札か5ユーロ札か記憶にない。おつりをもらったかも覚えていない。レシートもない!」と私。呆れた表情のレンコンちゃん。

ほんとうは私のお財布を取り上げて中身を全部ベッドの上に出して一目瞭然にしたいレンコンちゃん。それができないので、私に根掘り葉掘り訊く。どう計算しても5ユーロ足りない。「もらい忘れか、勘違いか故意かはわからないけれども、合わない原因はお釣りだわ。5ユーロあったらスーパーでチョコが二つは買えたのに」。肩を落とす私に、レンコンちゃんの独り言がかぶさる。

その夜は、眠れなかった。レンコンちゃんは、反芻してみても解決がつかないことに落ち着かず、私はユーロを出した場面とおつりの場面を何とか思い出そうとして。旅の間で一番宵っ張りをした夜だった。

翌日、スイスのユングフラウヨッホに登山電車で行った。今日使えるのはスイスフランである。スイスフランの入ったお財布を持ってお土産を買った。最後はDFS(免税店)。ここでスイスフランをきっちり使わないと明日からはまたユーロの国になる。

レンコンちゃんは昨日のこともあるので、私の支払いにチラチラと視線を投げかけている。最後にチョコレートを買うかどうかで二人で迷った。レンコンちゃんが私の財布をのぞいてくれた。「まだ5フランあるし」と私は折りたたんだ紙幣を広げた。二人して同時に「アッ!」と言った。一度で足りずに「アッアァ〜!!」と素っ頓狂に輪唱した。そしてそのうえに抱き合うようにして笑い転げた。アッアッタ!ここにあった。最後の5フラン、と私が静かに広げた札は5ユーロ札であった。

JALの飛行機の洗面所で使い終えたJALマークの歯磨きセットを、後生大事に持ってドイツに降り立ったのはレンコンちゃん。私は使ったものは捨てて、新しい物をポケットに入れていた。ここではレンコンちゃんが、アッ!その手があったか、と言った。ドイツのトイレの大きな便器に、危うくお尻から落ちそうになってアッ!と言った。

人生の深刻な「アッ!」にはお目にかかりたくないが、旅のアッ!

は時を経た後でも鮮やかにして面白い。

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Japan Geographic Web Magazine

編集 瀧山幸伸

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