JAPAN GEOGRAPHIC

大分県杵築市 旧城下町の坂 全調査

All Slopes in Downtown Historic District,Kitsuki city,Oita

Ver.17  Feb.6, 2018

Ver.1   Sep,2017

瀧山幸伸

(当資料は個人の責任と判断に基づく論考です)


目次

1.概要と結論

2.当資料の目的

3.地理・歴史的背景

4.調査手法と事前準備

5.現地調査

6.整理結果

7.提言


1.概要と結論

2017年12月2日、現地調査を行った結果、以下に示す38か所の坂を「杵築旧城下町の坂巡りに適した坂」として推薦したい。

坂名の統一と説明版の設置、坂巡り地図への採用、坂めぐりスタンプラリー、各種イベント、などに活用していただければ幸いだ。

現在の杵築散策マップには14か所の坂が表示されているが、杵築の坂は景観的にも文化的にも質が高く、バラエティーに富み、高密度であり、車が少なく比較的安全であることはあまり知られていない。

坂のほとんどが急峻で、景観がドラマチックである。四囲は風光明媚で、城下町の歴史と文化が色濃く残り、国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定された街並と坂が調和していて実に美しい。坂は高密度で、1平方キロメートルあたり42の坂密度は、都市クラスの城下町の中では日本一の高密度だ。

多くの人はコレクター癖(スタンプラリー等)があり、坂の数が増えれば訪問者の滞在時間が増え、消費金額が増加する。一度で坂の制覇が不可能な場合、宿泊や再訪の増加にもつながる。

観光客がもたらす経済効果は一人一日あたりの消費金額と延べ日数に比例するので、宿泊を伴うと一人一日あたりの消費単価が激増し、延べ日数も増加すれば経済波及効果が大きい。

全国でも稀な、安全で美しい坂群を効率よく楽しめる城下町として、日本随一の地位をさらに継続発展していただくことを願っている。

■■■「杵築旧城下町の坂巡りに適した坂」

(注1 一筆書きで巡れる順番に並べた)

(注2 「仮称」が付いている坂には二つのグループがあり、坂名が複数あるがいずれも定着しているとはいえない坂のグループ、もう一つは無名坂のグループ。坂名は地域文化の表象であり、無名坂は命名されることが好ましいと筆者は考えている。坂名は道路名等とは異なり命名権者はおらず誰が付けても良いので、将来何らかの坂名が定まる契機となることを期待して筆者個人が今回の巡検参加者のフィードバックを得ながら仮の名を付けたものである。詳細は個別の坂調査表に記載。)

■ 北台地区 (勘定場の坂から時計回り順)

1 勘定場の坂

2 酢屋の坂

3 岩鼻の坂

4 紺屋町の坂

5 ひとつ屋の坂

6 久保の坂

7 富坂

8 仮称煙硝蔵鶴の口坂

9 札ノ辻坂

10 仮称東泉寺の坂

11 射場の坂

12 仮称宮地嶽社の坂

13 仮称古野南ん坂

14 仮称古野下ん丁坂

15 仮称古野中ん丁坂

16 仮称古野横ん丁坂

17 清水寺の坂

18 仮称どんどん石の坂

19 仮称竹林の坂

20 仮称臥雲の坂

21 番所の坂

22 仮称北台車坂

■ 南台地区 (塩屋の坂から反時計回り順)

23 塩屋の坂

24 仮称 のぞみ坂

25 飴屋の坂

26 秋津屋の坂

27 天神坂

28 仮称蔵本の坂

29 仮称下原の坂

30 仮称貴布称の坂

31 寺町の坂

32 カブト石の坂

33 仮称お茶屋坂

34 仮称一松坂

■杵築城跡地区 (城山坂から反時計回り順)

35 城山坂

36 仮称千石蔵の坂

37 仮称天和の坂

38 仮称武具坂

■■■坂地図 (2018年2月4日版)

■■■ 現地調査の動画

Edited Movie Download YouTube

source movie

■■■ 分野別に特徴ある坂

杵築を代表する三つの坂 勘定場の坂 酢屋の坂 塩屋の坂

坂の最高地点 仮称宮地嶽社の坂から分岐した坂の突当り、標高36.9m

最も急な坂(最大斜度) 仮称 お茶屋坂 27度

眺望が良い坂 勘定場の坂 酢屋の坂 塩屋の坂 岩鼻の坂 久保の坂 仮称煙硝蔵鶴の口坂 仮称のぞみ坂 天神坂 仮称貴布称の坂 仮称一松坂

海が見える坂 勘定場の坂の頂部 仮称一松坂の頂部

日の出が美しい坂 勘定場の坂 仮称一松坂 ほか

夕日と日没が美しい坂 久保の坂 仮称一松坂 ほか

夜景が美しい坂 仮称一松坂 酢屋の坂 塩屋の坂 ほか

寺とカトリック教会と神社の鳥居が一度に見られる坂 寺町の坂頂部

植生と野鳥が楽しめる坂 城山坂 仮称天和の坂 仮称武具坂 仮称竹林の坂 清水寺の坂 仮称どんどん石の坂 仮称貴布称の坂 仮称お茶屋坂 


2.当資料の目的

杵築旧市街の街並については、過去数回の調査を行っているが、今回(2017年12月2日)、所属する坂学会の巡検先となったのを機に、旧城下町内に所在する全ての坂の調査(悉皆調査)を行い、坂に限定して総合的にまとめることとした。

無名坂の命名に関与するかどうかについては坂学会内で議論がある。今回の論考は無名坂にも積極的に坂名候補を提示すべきとの筆者の主張を基にした個人的な記録にとどめ、坂学会ウェブサイトに寄稿する予定である。


3.地理・歴史的背景

(1) 地理

特徴その1 極めて急峻で景観の良い坂

坂の性質を知るには、坂が形成された地形と地質を知ることが重要だ。

杵築の旧市街は、国東半島の南端部、八坂川と高山川が守江湾に注ぐ河口部に位置する二筋の台地である。守江湾は干潮時に干潟が拡がる遠浅の湾で、対岸には砂嘴地形の住吉浜がある。

詳しくは地質専門家の調査に委ねたいが、これらの台地は鹿鳴越火山と沖積砂礫層により形成されたもので、北に接して国東半島の主体となっている粘性の高い二子山火山とは異なるが、阿蘇4火砕流の影響も受けて今の地形を形成していると考えられる。

旧市街地の東部は杵築城跡である。旧市街地北側の台地は北台と呼ばれ、南側は南台と呼ばれている。杵築城跡、北台、南台ともに丘陵状の台地であり、これらの周囲のうち、東側、北側、西側は海食の影響を受けて特に急峻であり、西側は河川の浸食によるのでなだらかな傾斜である。全体が島であったものが隆起して今の地形ができあがったものと考えられる。

台地部分の微地形を見てみると、北台の最高地点は西側の八坂神社の北に位置する小丘陵で、緩やかに東西に下っている。南台の最高地点は東端の一松邸付近で、緩やかに西に傾斜している。

この地形が土台となっているので、杵築旧市街の坂のうち、各台地の東側と南北側に位置する坂は極めて急峻で、西側に位置する坂は緩やかである。

多くの坂が極めて急峻であることから、静止して観るスタティックな景観も歩きながら変化するダイナミックな景観も非常に良好である。

特徴その2 乾いて歩きやすく崩れにくい坂

台地の幅が狭く、崖が急峻であることと、砂礫層と火砕流による地質であることから、台地部分は保水力がない。水はけが良いので、かつての江戸東京の坂のように雨が降ればぬかるんで転びやすいということもなく、舗装が無い時代でも歩きやすい坂であったと考えられる。さらに、上記の地質ゆえに、鹿児島地方のシラス台地の坂とは異なり土砂崩れは比較的少なかったと思われ、急峻な割には比較的安全な坂であったと考えられる。

特徴その3 高密度な坂の街並

対象地域の面積は約0.9Km2で、調査の結果38の坂があるので、1平方キロメートルあたり42の坂が存在することとなり、日本有数の高密度な坂の街並と言える。都市クラスの城下町の中では日本一だ。漁村の愛媛県外泊や農村の鹿児島県大当、工業都市の愛知常滑などの小さな区域を除き、全ての街並を対象としても日本有数の密度だ。ちなみに、名前がある坂が多い街並として知られる長崎中心部は3Km2に35ほどの坂、金沢中心部は7Km2に53ほどの坂、常滑中心部は0.1Km2に16ほどの坂、函館元町付近は1.2Km2に24ほどの坂が存在する。これらも無名坂に名前を付ければ杵築と競い合うだろう。

資料1 資料2 国土地理院 アナグリフ地形図(右目に青、左目に赤のフィルムを貼ったメガネを通して見ると立体的に見える画像)

 

資料3 国土地理院 地形図

阿蘇4火砕流の顕著な露頭は、崩落保護コンクリートのため現地では確認しづらいが、杵築城の台地南側である程度確認される。

阿蘇4火砕流についてさらに詳しく、近隣の類似した地形で下層から最上層まで確認できる露頭を探した。杵築市南部、日出町との境に位置する金輪島付近の露頭が参考となる。

(2) 歴史

城下町ゆかりの坂

杵築城は島状の小丘に立地し、水に囲まれ防御に優れた海城である。九州の関ヶ原とも呼ばれる、東軍黒田官兵衛・細川忠興連合軍と、西軍大友義統らとの激戦地となった「木付城の戦い」は地勢的に必然であったが、地理を知り尽くした軍師官兵衛の勝利で終わった。ただし、杵築城の立地が完璧かというとそうでもない。同じ大分県の臼杵城も島状だが、包囲されやすい。一旦包囲されると退路が断たれ、籠城戦には適さない。この点は、秀吉の九州平定において、海に近いが背後に進退路と補給の稜線を持つ熊本県の佐敷城よりもはるかに防衛力が劣る。佐敷城でさえ攻められているので、杵築城の防衛能力には限界があったと言わざるを得ない。

城の北側崖下は低湿地で、旧藩主館である。城の南側崖下は船溜りとなっており、海上物流の拠点であった。ここから西側、北台と南台の間は谷で、そこに町屋の主要部が形成された。

北台は主に武家町である。南台も武家町であるが、西側は寺町として城下の防御機能を備えている。南台の東端部は断崖となっており、その直下に魚町がある。

杵築の旧城下町には六ケ所の番所が設けられていた。城下町の西側の端は八坂神社、札の辻付近で、ここに馬場尾口があり、この門が唯一外部からの城下入りが許された。そこから順に時計回りに、清水寺口、北浜口、魚町口、城鼻口、寺町口があった。台地には城主ゆかりの茶屋などの施設があった。北台の磯矢邸と臥雲の茶屋、南台の寺と台の茶屋など、杵築の坂には城下町特有の城主の施設や行事と関係深いものがある。


4.調査手法と事前準備

(1)調査範囲

旧城下町の範囲は古地図でおおよそ判別できるが、直近の資料が良い参考となる。

杵築市は2017年11月に国の重要伝統的建造物群保存地区にふさわしいとして文化審議会答申がなされたので、その際の資料である。

杵築市伝統的建造物群保存地区保存審議会の資料

資料4 平成28年度第1回 平成28年10月28日 杵築市南北両台伝統的建造物群保存地区(案)

資料5 平成28年度第3回 平成29年2月23日 杵築市北台南台伝統的建造物群保存地区(案)

資料6 平成29年度第1回 平成29年6月5日 杵築市北台南台伝統的建造物群保存地区保存計画

これらの資料はいずれも詳細に検討されたもので、大いに参考となる。その中で、資料2Aの「③杵築市南北両台伝統的建造物群保存地区判定資料」の検討範囲(北・東・南側は網掛部分内、南西側は検討範囲内、北西側は八坂神社付近まで)を旧城下町の範囲と仮定して調査対象とする。

寺町を含めるかどうか等、西側の境界は不明確なので、当日の調査状況によって範囲を確定する。

(2)坂の定義

坂の定義は定説がないので、従来の解釈を暫定的に適用する。自動車専用道や鉄軌道等も対象となるが、杵築には該当はない。

(3)調査準備

現地調査に先立ち、調査方法の整理と机上調査を行う。

A 坂の調査票

調査項目と項目の定義は以下のとおりとする

机上調査の仮番号

調査検討後の正式番号

調査日

調査者

坂名(よみ)

坂別名(よみ)(複数可)

所在地

 坂基点(坂下)から坂頂点を見て左側にある行政上の住居表示とする。

地図へのリンク

 著作権問題の回避と汎用継続性を考慮し、民間の電子地図システムではなく、国土地理院の電子地図を使用する。

付近のランドマーク

 景観上目に付く固定物全て。店舗名、現住個人名などの表記は控える。

坂の方向

 坂基点から上る方位。「南東」などの八分位。

総延長

 電子地図で計測する

最大斜度

 長さ1mの棒を傾斜に沿わせ、斜度計で度数を測る。今回は簡易的にスマートフォンの傾斜アプリで計測するが、誤差が大きいので注意する。

最小幅

 道路の有効幅員。実際に車が通れる走れる幅。車道と歩道が分離している場合はそれぞれを計測する。定義には側溝等を含めた幅員を採用する別論があり、今回は測定を省略。

最大幅

 同上

坂基点の経緯度と標高

 基点はB(Base Point)と表記する。経緯度と標高は電子地図で計測する。基点の位置は最低地点を基本とするが、交差点など認知上重要なランドマークを指定することができる。

坂頂点の経緯度と標高

 頂点はT(Top Point)と表記する。経緯度と標高は電子地図で計測する。頂点の位置は最高地点を基本とするが、交差点など認知上重要なランドマークを指定することができる。

坂の形態

 歩道、階段、舗装仕様など

坂の標識及び説明書きの有無及び表記

坂名、別名、坂の成立時期の出典

 俚言・推測等含む。場合により公図や道路台帳を参照する

坂に関するエピソード等

 書籍創作物等、地元住民の思い出、行事等

Point of Interest

 観光目的で景観工学的見地のPicture Spotだけでない。人文科学では、有形文化財(建造物など)・史跡・名勝などの文化財はもちろん、故事来歴など。自然科学では、科学教育的見地から、植生、特徴ある鳥とさえずり、水音、地質などを学び楽しむ場所。

現地で記録した写真・動画・音など

 記録した場所と時間を記録する。場所はGPS付きカメラで記録可能。時間はExifまたはファイル情報に保存する。

その他

B 机上スキャン

住宅地図、古地図、国土基本図、民間地図、杵築散策マップ(観光協会作成)など可能な限りの図面を使い、便宜上、機械的に最東端から最西端の順に行う。

標準図を国土地理院の電子地図とし、DEM5A(5mメッシュの航空レーザによる標高情報)を使った陰影起伏図と傾斜量図を作成する。この図を参照し、坂の存在場所を調べる。

資料7 陰影起伏図

(北西の方向から地表面に向かって光を当て、凹凸のある地表面の北西側が白く、南東側が黒くなるよう作成した図。尾根線、谷線の判別や断層の判読などに活用できる)

資料8 傾斜量図

(地表面の傾きの量を算出し、その大きさを白黒の濃淡で表現したもの。白いほど傾斜が緩やか、黒いほど急峻。台地、段丘、山地、火山地形、地すべり、断層などの地形判読などに活用できる)

第一優先は東から、東の同列上にある場合は第二優先として北から、順に坂基点(最低点)を発見し、仮番号を採番する。

坂基点から複数の坂が分岐する場合、坂頂点が東に位置する坂の順に採番する。

資料9 坂の机上スキャン図(西側は多めにスキャンしている)

坂の仮番号リスト

1  杵築城、天守直下の坂 古地図に見られる、海岸の番所から天守閣につながる階段。現状は消滅か。

2 杵築城、北側の杵築中学からの坂

3 杵築城、南側の船溜りからの坂

4 杵築城、大手門からの坂

5 勘定場の坂

6 バスターミナルからの坂

7 番所の坂

8 きつき城下町資料館北東側の坂

9 酢屋の坂

10 塩屋の坂

11 中根邸北側の坂

12 中根邸からきつき城下町資料館への坂

13 きつき城下町資料館南側の坂 

14 きつき城下町資料館から一松邸への坂

15 南台から一松邸への坂

16 セブンイレブンから北台への坂

17 岩鼻の坂

18 飴屋の坂

19 紺屋町の坂

20 飴屋の坂の西側にある坂

21 R5番館から北台への坂

22 ひとつ屋の坂

23 カブト石の坂

24 寺町の坂

25 久保の坂(東側)

26 久保の坂(西側)

27 清水寺の坂(旧道)

28 清水寺の坂(新道)

29 天神坂

30 富坂

31 貴布称神社の坂

32 商工会館から南台への坂

33 小宮写真館から郵便局への坂

34 奥田税理士事務所の坂

35 射場の坂

36 地裁の坂

37 田川歯科の坂

38 五差路から郵便局への坂

C 情報の記入

作成した坂調査票を可能な限り事前記入する。


5. 現地調査

机上調査で作成した坂調査表を持って現地調査する。

地元の指導者に付き添って調査を行う。

現地で追加された坂は、最も近い坂の枝番として仮番号を採番する。

現地の状況を、写真、音、動画で記録する。

坂基点・頂点の経緯度、標高は机上で計測可能。(国土地理院の電子地図(標高はDEM5A)を基準とする。)

坂の最小最大幅・最大斜度をメジャーと傾斜計で計測する。

付近にお住まいの方や通行中の方に、調査の目的を説明してヒアリングを行う。その際、身分証明(免許証でも可)をカードホルダーに入れて首から下げる。

(1) 現地調査 Dec.2,Dec.3(予備日)  source movie

Dec.2(土曜日) 

参加者 杵築市・坂学会合同調査チーム

杵築市側 杵築歴史研究会会長 杉安氏、杵築市長 永松氏、杵築市観光課長 黒田氏

坂学会側 原、井手、磯谷夫妻、佐久間、武田、瀧山夫妻

現地側の参加者は地元に詳しい方ばかりで、詳細かつ貴重な情報を得ることができました。休日にもかかわらずご参加いただき、深く感謝いたします。

また、杉安氏は事前に杵築の坂に関する資料をまとめてくださった。

資料10  杵築の坂調査資料 2017年11月 杵築歴史研究会会長 杉安氏作成

(2) 補足調査

現地調査の結果を踏まえ、疑義や漏れが生じた場所を翌日3日に再調査を行った。

黒田氏からは古写真を送っていただいた。これらも大いに参考になった。

塩屋の坂から酢屋の坂を望む 1928年

酢屋の坂から塩屋の坂を望む 1955年

塩屋の坂から酢屋の坂を望む 1977年

酢屋の坂から塩屋の坂を望む 1977年

酢屋の坂下から 1977年

富坂 1977年

6.整理結果

(1) 「杵築旧城下町の坂巡りに適した坂」として以下の調査報告案を作成し、参加メンバーに確認した。

原案PDF(2017年末2018年1月7日)

この案に対し、黒田氏経由で、杉安氏が再度現地調査とヒアリングを行ってくださり、このような回答を得た。回答PDF(資料11 2018年1月16日)

これらを踏まえ、坂学会の巡検参加者のうち、磯谷理事からも次のレビュー結果とアドバイスを得た。(資料12 2018年2月4日)

瀧山さんレポート仮称 杉安先生提案 杉安先生レポート(*2) レビュー後 レビュー適用
1 勘定場の坂 勘定場の坂 2 勘定場の坂 勘定場の坂 すでに認知されており妥当(*1)
2 酢屋の坂 酢屋の坂 4 酢屋の坂 酢屋の坂 すでに認知されており妥当(*1、3)
3 岩鼻の坂 岩鼻の坂 6 岩鼻の坂 岩鼻の坂 すでに認知されており妥当(*1、3)
4 紺屋町の坂 紺屋町の坂 8 紺屋町の坂 紺屋町の坂 すでに認知されており妥当(*1、3)
5 ひとつ屋の坂 ひとつ屋の坂 9 一つ屋の坂 ひとつ屋の坂 すでに認知されており妥当(*1)
6 久保の坂 久保の坂 11 久保の坂 久保の坂 すでに認知されており妥当(*1、3)
7 富坂 冨坂 10 冨坂 すでに認知されており妥当(*1) 「とみ」は、正しくは「冨」。
8 煙硝蔵鶴の口坂 靏の口坂 22 煙硝倉鶴の口坂 鶴の口坂 経緯から妥当(*2) 但し、つるを「靏」と記する理由は?
9 札ノ辻坂  札の辻坂 1 札の辻坂 札の辻坂 経緯から妥当(*2)
10 仮称 祇園の坂 法西寺の坂 15 祇園の坂 東泉寺の坂 すでに(*1,3)で「東泉寺の坂」として知名度があります。
11 射場の坂 射場の坂 14 射場の坂 射場の坂 すでに認知されており妥当(*1、3)
12 仮称 宮地嶽神社の坂 宮地獄社の坂   (*) 場所がわかり辛いので坂名があると便利と思われるが、現地住民のコンセンサスを得なければ意味がない。公募の方法もあるのでは?
13 仮称 古野南坂 古野南ん坂   (*) 同上
14 仮称 古野東坂 古野下ん丁坂   (*) 同上
15 仮称 古野中坂 古野中ん丁坂   (*) 同上
16 仮称 古野北坂 古野横ん丁坂   (*) 同上
17 清水寺の坂(新坂) 清水寺新坂 16 清水寺の坂 清水寺の坂 すでに認知されており妥当(*1、3)

マップではこの道筋が「清水寺の坂」として知名度があるので変更は紛らわしいと思われます。

18 清水寺の坂(旧坂) 清水寺旧坂 16 どんどん石 どんどん石の坂 経緯から妥当(*2)

オリジナルの坂名を大事にした方が良いと思います。

19 仮称 竹林の坂 竹林の坂   (*) 場所がわかり辛いので坂名があると便利と思われるが、現地住民のコンセンサスを得なければ意味がない。公募の方法もあるのでは?
20 臥雲の坂 臥雲の坂 17 臥温の坂(東新道) 臥温の坂 すでに認知されており妥当(*1 要修正) 

東新道は臥温泉に通じる道なので、表記は「温」の方が相応しいと思います。

なお、「臥温泉」の石標のある佐野家の向いの坂も記録した方が良いのではないでしょうか?

21 番所の坂 番所の坂 3 番所の坂 番所の坂(北浜口の坂) すでに認知されており妥当(*1、3)
22 仮称 番所車坂 北台車坂   (*) 場所がわかり辛いので坂名があると便利と思われるが、現地住民のコンセンサスを得なければ意味がない。公募の方法もあるのでは?
23 塩屋の坂 塩屋の坂 5 塩屋の坂 塩屋の坂(志保屋の坂) 妥当
24 仮称 のぞみ坂 のぞみ坂   (*) 場所がわかり辛いので坂名があると便利と思われるが、現地住民のコンセンサスを得なければ意味がない。公募の方法もあるのでは?
25 飴屋の坂 飴屋の坂 7 飴屋(雨夜)の坂 飴屋の坂 すでに認知されており妥当(*1、3)
26 秋津屋の坂 秋津屋の坂 24 秋津屋の坂 秋津屋の坂 経緯から妥当(*2)
27 天神坂 天神坂 12 天神坂 天神坂 すでに認知されており妥当(*1、3)
28 仮称 蔵本の坂 蔵本の坂 20 蔵本の坂 蔵元の坂 経緯から妥当(*2) 但し、「蔵元」では?
29 仮称下原の坂 下原の坂 21 下原の坂 下原の坂 経緯から妥当(*2)
30 仮称 貴布称の坂 貴布称の坂 23 貴布称の坂 貴布称の坂 すでに認知されており妥当(*1 但し、要修正)
31 寺町の坂 寺町の坂 13 寺町の坂 寺町の坂 すでに認知されており妥当(*1、3)
32 カブト石の坂 カブト石の坂 18 カブト石の坂 カブト石の坂 すでに認知されており妥当(*1、3)
33 お茶坂 お茶屋坂 19 台の茶屋坂 お茶坂 すでに認知されており妥当(*1 但し、要修正) 

光明院前の電柱に「お茶坂上広場」の標あり。公明院の方は「住職が松平公と一緒に加持祈祷のために来て、公明院がお殿様にお茶を出した。そのお茶席があったため」と話している。公明院は赤穂の出で、本山が京都醍醐寺という。城下町資料館に史跡として記録があるそうなので、公明院への聞き取りを含め現地での再調査が望まれます。

34 仮称 一松坂 一松坂   (*) 命名するならば現地住民のコンセンサスを得なければ知名度が上がらない。公募の方法もあるのでは?

分岐後展望台に進む坂との判別は不要?

35 城山坂 城山坂

勝山坂

25 城山坂石段

26 城山車道

(*) 公募の方法もあるが、歴史的資料を再調査してからの命名が望まれます。

青筵神社は昭和11年の創建であり、杉安先生レポートには昭和10年頃にはまっすぐ石段が見られるとあることから、石段は神社へ上がる男坂とも考えられる。

能見松平家所蔵の『杵築城内外古圖』(延宝〜元禄年間(1673 年〜1703 年頃)と推定)に鎮守社があり、文政年間の復元絵図(『杵築市‐伝統的建造物群保存対策調査報告書』参照)には千石蔵側から上がる道筋が見られる。また「明治元年犬辰初頭之現状」には六軒町筋にも鳥居が見られる。(*2)

36 仮称 城鼻の坂 千石蔵の坂 27 城鼻の坂 (*) 公募の方法もあるが、歴史的資料を再調査してからの命名が望まれます。

大正8年の開削道路と判明しているので、幕藩期にあった建物(千石蔵)を由縁に命名すると、江戸期の坂名との誤解を生むのでは?

37 城山観音坂 天和の坂 28 城山観音坂 (*) 公募の方法もあるが、歴史的資料を再調査してからの命名が望まれます。
38 仮称 多聞坂 天守の坂   (*) 公募の方法もあるが、歴史的資料を再調査してからの命名が望まれます。
         
Note:
(*) 無名坂のままとする。
(*1) 坂学会坂プロフィール
(*2) 『杵築の坂道』H29年11月 杉安嘉正(通称:杉安先生レポート)
(*3) 杵築探訪マガジン『城下町杵築』2009年佐伯印刷㈱出版事業部刊
(*4) https://www.city.kitsuki.lg.jp/uploaded/attachment/2643.pdf

無名坂の扱いをどうするかについては、坂学会の中でも議論がある。良い機会なのでその件についても巡検参加者に問い合わせた。

その結果、坂学会あるいは坂学会会員が坂の名称を付けることには反対、地元に任せるべきであるとの意見が二名あった。

筆者は、坂学会・会員は無名坂の名称案を推薦したほうが良いとの積極派である。なぜならば、坂学会は坂を学問として扱う団体であり、それなりの知見を持つことを目的としているので、専門家集団あるいは専門家として(理想と現実は異なるが)坂研究を通じて地域の文化や産業など地域社会の発展に貢献すべきとの理由が一つである。国際的に、学会の主目的は、研究・教育・社会貢献だが、日本の学者は社会貢献意識が非常に低い。地元が名称を着けるべきとの意見は大賛成だが、そのきっかけづくりに坂学会が協力することは意味がある。また、命名権者はいないので、地元以外の誰が坂名を付けても良いのではないか、誰が付けようが、坂名が地元はもちろん訪問者ひいては世界中から受け入れられ愛されることのほうが重要との現実的な理由が一つである。

そもそも「地元」とは何だろう。坂の利用者だけなのか(住民以外の観光客も利用者だが?)、自治体居住者だけなのか(地元で育って故郷を離れている人は対象外なのか?域外のいわゆる「観光大使」などは対象外か?)、自治体そのものがつけなければならないのか?(お上がお墨付きを与える性格のものではない。例えば道路の正式名称は法令に基づいて道路管理者により付けられるので問題ないが、坂名についてはもちろん法令はない。) 

等々、議論は尽きない。

坂学会が坂プロフィールに登録する場合、基本的には文献その他明確な根拠を持って登録するが、今回新規に仮称を付けた無名坂はもちろん登録されない。観光ガイドに掲載されたり、ほかの文献に登場したり、地域で通常に使われるようになってからの登録だから、坂学会・学会員が仮称を提案することを遠慮することはなく、それを契機に「地元」が坂について議論を深めるきっかけとなれば坂学会としての社会貢献にもなるであろうと私は考えている。

結論として、今回は筆者個人の責任で無名坂の仮名を提示することとした。坂学会の一会員であると同時に全国各地の坂など地理学を研究している個人としての立場の論考だ。

仮名とは言え、坂の名前案を付けるのであるから、筆者が考える方法論を記しておく。

原則として、ゲニウス・ロキを最大限尊重する。ラテン語で適当な訳語がないが、地理学的には、「土地の素性」「土地の記憶」「土地の履歴書」など、土地が本来持っている性格という意味だ。具体的な作業としては、環境アセスメント(環境基礎調査)の手法が役立つ。自然環境としては、本来の地形と地質、潜在植生、希少植生、水文、風・霧・虹・霜などの気象、音や香り、日昇日没や月の出などの天文など。人文環境としては、土地利用と建造物、埋蔵物、歴史的事象などで、坂ができた経緯と当初の利用方法、現在と将来の利用方法などを含む。そして景観。

新しい造成地の坂で、ゲニウス・ロキに適当なものが見当たらない残念な坂では、将来に希望を託すような名前を付けることもやむを得ないだろうが、土地の記憶を重視することは坂のアイデンティティ確立に有効で、地域住民が坂に愛着を持ったり訪問者が坂を尊重することにつながりやすいと考えている。

結果的に筆者が提案した仮名案は、仮称武具坂、仮称のぞみ坂、仮称一松坂、仮称竹林の坂の4つである。(詳細は個別調査票参照)

以上を踏まえ、以下の個人案を作成した。

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仮番号 正式名称または仮称

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2 仮称武具坂 

2A 仮称天和の坂

3 仮称千石蔵の坂

4 城山坂

5 勘定場の坂

6 仮称北台車坂

7 番所の坂

9 酢屋の坂

10 塩屋の坂

10A 仮称のぞみ坂 

15 仮称一松坂 南台から一松邸への坂 (以前の現地調査)

16 臥雲の坂

17 岩鼻の坂

18 飴屋の坂

19 紺屋町の坂

20 秋津屋の坂

21 仮称竹林の坂 R5番館から北台への坂

22 ひとつ屋の坂

23 カブト石の坂

24 寺町の坂

25 久保の坂

27 仮称どんどん石の坂

28 清水寺の坂

29 天神坂

30 富坂

31 仮称貴布称の坂

32 仮称蔵本の坂

33 仮称下原の坂

34 仮称煙硝蔵鶴の口坂

35 射場の坂

36 仮称東泉寺の坂

39 札ノ辻坂

40 仮称宮地嶽社の坂

41 仮称古野南ん坂

42 仮称古野横ん丁坂

43 仮称古野下ん丁坂 (以前の現地調査)

44 仮称古野中ん丁坂 (以前の現地調査)

45 仮称お茶屋坂

リストから除外した坂

1 杵築城、天守直下の坂

 存在確認できず。

8 きつき城下町資料館北東側の坂

 杉安氏、黒田氏に確認し、今回は重要度が低いため現地調査せず。坂頂点で閉鎖されており、杉安氏、黒田氏によると坂下まで通じていないと聞く。

11 中根邸北側の坂

 現地調査の結果、坂ではなく敷地延長(通用口)であることが判明した。

12 中根邸からきつき城下町資料館への坂

 杉安氏、黒田氏に確認し、今回は重要度が低いため現地調査せず。

13 きつき城下町資料館南側の坂

  杉安氏、黒田氏に確認し、今回は重要度が低いため現地調査せず。

14 きつき城下町資料館から一松邸への坂

 杉安氏、黒田氏に確認し、今回は重要度が低いため現地調査せず。

37 田川歯科の坂

 城外なので今回は調査せず。

38 五差路から郵便局への坂

 城外なので今回は調査せず。

(2) 坂のグループ化

坂リストの順番を、地域別に、一筆書きに回れるように並べ直した。(1.概要と結論)に表示

(3) 坂地図の作成 (1.概要と結論)に表示

(4) 坂のファクトシート作成

坂の特徴を表すファクトシートを作成した。(1.概要と結論)に表示


6.提言

このような美しい坂を守ってきてくださった地元へのお礼として、提言やフィードバックなどを行う。

提言1 城跡の整備と戦国物語での連携

杵築城跡の区域は、戦国末期を主とした歴史的な価値が大きいにもかかわらずあまり有効活用されていない。

整備にはかなりの費用を要するが、使途を特定したふるさと納税や寄付は、サクラダファリミア教会のような成功例を模範に検討されたい。国際的な観光促進による経済効果が期待されるので、新規の補助金も活用し、整備が促進されることを願っている。

 堀の整備

 市民文化会館などの撤去

 城館跡の整備

 木付氏旧城(竹ノ尾城跡)の整備

 日出城跡との連携

 杵築城の戦いと関連がある(黒田官兵衛、秀吉、大友宗麟など)、あるいは同様な戦いがあった史跡との連携(例えば九州では中津城大分城名護屋城佐敷城など)

提言2 国東半島・宇佐・中津地域の広域連携

国東半島と宇佐中津を含む地域は、世界遺産に値する文化遺産と自然遺産が織りなす複合遺産に溢れている。過去の国東半島に限定した世界遺産申請案にこだわらず、地域の潜在的魅力をリスト化し、国内のみならずインバウンド観光客向けにもプロモーションすることが重要であると思われる。

地域の潜在的魅力を持った複合遺産あるいは文化遺産としては、既に杵築の循環型農業遺産が世界農業遺産に認定されているが、単独での訴求力は限定されている。

リスト化によるスタンプラリー化、ツアー化は、インバウンド観光客が好む体験価値が高く、プロモーション効果が高い。

今回の結果を踏まえ、「杵築の坂群」がスタンプラリー化されれば、魅力度の高い文化遺産群となる。同様に、「国東半島六郷満山の寺院・摩崖仏・石造物群」は言うまでもなく、「院内を主とする石橋群」、「安心院を主とする鏝絵群」、「棚田や荘園」、耶馬渓ほかの「修験に関連した岩峰や滝」などをリスト化し、ツアーパスを発行することにより、地域全体でプロモーションすることが肝要である。そうすることにより、訪問者の興味を顕在化することができる。特に安心院を主とする鏝絵群」は、個人の敷地内に立ち入らなければ見られない鏝絵も多く、個人宅にも迷惑がかかるため、このようなツアーパスの収益を地元に還元するシステムが重要となる。

ただし、その推進にあたっては、観光協会などの非営利団体だけではなく、教育委員会などの文化財管理部門との連携が必須である。

観光事業者は文化財に関心が薄く、短期的な収益に直結しないと思い込んでおり、専門知識も乏しい。

文化財管理部門は収入が保証されており、手間がかかる営利事業への協力に関心が薄い。理由なく非公開や撮影禁止としている教育委員会も多く、「予算がない」という言い訳で済ませている。

だが、双方が協力しなければ地域経済は衰退の一途をたどり、自治体としての存続も難しくなっているのが地方の実情だ。

ぜひこの地域で広域連携モデルを成功させていただきたい。

提言3 杵築城下町ウォーキングガイドライン

ガイドラインの目的は、ウォーキングを楽しむ訪問客の増加と、観光関係者だけでなく地域全体の発展に寄与することである。

このようなガイドラインは、観光による健全な地域発展に欠かせないが、多言語で統合的なマナーコードやガイドラインを作っている地域は寡聞にして知らない。

ただし、祭事、特に文化財に関する催事などでは主催者や管理者による「ペット禁止、三脚、フラッシュ、ドローン禁止」などの規制やガイドラインが徹底されており、杵築の城下町は重要伝統的建造物保存地区という重要な文化財であるので、それを発展準用するものと考えれば特殊なことではない。

過去の調査で遭遇した残念な場面は、団体観光客の迷惑行動だった。美しい街並や坂の景観を損なうカラフルな衣装や靴・バッグ・旗、嵐の行軍のような急ぎ足、大声と自撮り棒とふざけたポーズ、個人敷地内への無断侵入、喫煙など、地元住民への迷惑はもちろん、和服でのんびりウォーキングを楽しむ訪問客にも迷惑となっていた。

具体的には、美しい坂を持つ街並に調和する個人客を増やし、団体客に認知と自制を呼びかける目的とし、以下のような項目を詳細に検討する。

・推奨事項 (体験型、リピート型、交流型の観光)

 個人(いわゆるFIT(Free and Independent Traveller)個人や家族などの小グループ)でのウォーキングを推奨する。団体は現地で個人として行動すればOK。

 街並と坂に調和する服装、特にレンタル和服を推奨する。全国各地からの和服の寄付者やふるさと納税者には地元での宿泊などの優待を行う。

 ウォーキングのみならず、たっぷりと時間をかけて施設を巡り、歴史や文化を知ることを推奨する。

 地元での飲食宿泊を通じ住民と交流する。杵築市内での宿泊客には各種優待チケットを配布する。

 杵築坂マスター、杵築歴史文化マスターなどの取得者は杵築アンバサダーや名誉市民として優待する。

・非推奨事項 (団体型、一過性型の観光)

 地元や個人客の迷惑となる行為(景観や騒音などでアンビエンスを乱すこと、無断立ち入り、自撮り棒の使用、バスのアイドリング、指定場所以外での駐停車や乗降、指定場所以外での集合・飲食・喫煙など) 

 どうしても団体行動が必要な場合は、施設周遊券に迷惑料を加えた「団体行動割増チケット」を購入してもらい、地元住民に還元する等々の条例も必要だろう。


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