JAPAN GEOGRAPHIC

Monthly Web Magazine  Nov. 2023


■■■■■ Topics by Reporters

■ 燃えるような紅葉 瀧山幸伸

北海道の大雪山では9月中旬から下旬に「燃えるような紅葉」が見られる。だが今年は現地入りしたものの2週間近く紅葉が遅くなってしまい、9月末まで待機していたのだが10月に入ってもずっと悪い天気予報となってしまい、辛うじて赤岳の紅葉を見られただけで後ろ髪を引かれる思いで帰宅した。

  

東北の紅葉はハードな山登りをしなくても楽しめるが、大雪山で果たせなかった紅葉の代わりに東北の山登りにチャレンジすることにした。東北でも紅葉は遅れ気味だったが、北海道の反省を踏まえて紅葉情報を丁寧に確認して見頃を逃さないように現地に向かった。

東北は関東以南とは紅葉関連の植生が異なるので北海の次に紅葉が鮮やかだ。その中から今まで訪問していない「燃えるような紅葉」の山として選んだのが栗駒山の宮城県側(栗原市)と福島県の安達太良山と秋田県の川原毛地獄だ。

栗駒山はいつも秋田県側の須川温泉から昭和湖付近まで登るのだが、宮城県側は初めてで、いわかがみ平から栗駒山頂まで登る予定を立てた。ところが現地に到着して下山してくる登山者に確認すると頂上付近の天気は一面の霧と強風で、紅葉もほぼ終わりとのこと。とりあえず「神のじゅうたん」と呼ばれる中腹の展望台まで登ることにした。展望台からの紅葉はまさに絶景だった。ここでもかなりの強風で、頂上付近を見上げると雲に覆われていたが、そのうち少し晴れてきて頂上までの紅葉を見ることができた。一方、展望台から横に見る南側斜面は紅葉の見頃で、早い雲の動きに合わせて照らす太陽光が走馬灯のように斜面を飾る姿が幻想的だった。

    

安達太良山はロープウェイで中腹まで登れ、近くの展望台で「燃えるような紅葉」が見られるので老若男女の訪問客が多い。ここからの紅葉風景も絶句するほどの絶景だ。さらに山頂までの登山道も初心者向けなので、とりあえず山頂を目指して行くと、八合目付近から眼下に紅葉の絶景が堪能できる。この俯瞰景観はさらに美しい。ついでに頂上から尾根を縦走して、地理を研究する者としては必見の爆裂火口を見に行ったが、こちらは紅葉とは違い火山の恐ろしさを感じさせる絶景だった。日本の火山景観の中では雲仙岳と並ぶ迫力だ。

    

川原毛地獄は恐山立山とともに日本三大霊場の歴史があるが、今では寂れ果ててしまい、麓の小安渓の紅葉ほどの知名度はない。それゆえとても静かでワイルドな「燃えるような紅葉」が楽しめる。恐山もそうだが、白く輝く地獄地帯と紅葉とのコントラストが高く、非日常的な紅葉景観だ。恐山では小屋内の温泉に入浴できるが、温泉で癒されながら紅葉に癒されるというわけにはいかない。川原毛地獄で湧く熱湯は熱すぎて間違って入れば即地獄行きとなってしまうが、下流で滝となる付近で適温となり、滝壺まで下りればワイルドな入浴が可能だ。ここなら温泉で癒されながら紅葉に癒されることができ、地獄で天国の気分が味わえる。撮影だけの目的で訪問したのだが、滝壺に到着して誰もいなかったので入浴させていただいた。強い酸性泉なのでしぶきが目にしみる。

   

これらの風景は動画で鑑賞すると臨場感が味わえる。撮影した8K動画は来年のシーズン到来前に編集を終えたいと思っている。


■幻の大仏鉄道 野崎順次


「大仏鉄道」は、明治時代に関西(かんせい)鉄道の加茂・奈良間を最短距離で結んだ約10kmの路線の愛称である。明治31年に加茂駅から大仏駅(奈良市法蓮町)の区間が開業、大仏駅は東大寺の大仏詣で多くの人々が利用した。翌年、奈良駅まで線を伸ばしたが、明治40年に加茂駅-木津駅-奈良駅の平坦なルート(現在のJR関西本線)が開通すると、黒髪山など急坂の難所のあるこの路線は廃線となった。営業期間はわずか9年で、当時の資料が極めて少ないので、同鉄道は「幻の大仏鉄道」と呼ばれている。

 

廃線となってから100年以上になるが、路線跡には隧道や橋台などの遺構がところどころに残され、のどかな里山も楽しめるので、人気のハイキングコースにもなっている。石仏めぐりの合間に木津川市内の遺構をいくつか見学する機会があった

JR加茂駅のプラットフォームに残る旧加茂駅鋳鉄製跨線橋支柱(明治32年頃着工)

    

ランプ小屋
石油ランプや燃料の倉庫で、明治30年(1897)に建てられ、関西鉄道加茂駅の開業当時から残る建物である。赤レンガ造り、切り妻屋根、大仏鉄道遺構唯一のオランダ積み。

     

駅東公園動輪モニュメント
その横に、「加茂機関庫(明30.11.11~昭37.8.1.)転車台跡から発見されたレールと煉レンガ」がある。

    

JR木津駅の東方約3kmに城山台公園(大仏鉄道公園)があるが、その付近に三つの遺構がある。

赤橋
イギリス積みのれんがの橋台で、最上部に笠石、上部に帯石を花崗岩の切り石で装飾している。隅石も花崗岩で、切り石の長辺と短辺を交互に組む算木積みにより強度を高めている。

    

梶ヶ谷隧道
坑門正面はイギリス積み、アーチ部は長手積みのレンガ造り、下部は花崗岩の切り石積みである。

     

鹿背山橋台
花崗岩の切り石積みで、最上部に枕石を二つ備えている。そのたたずまいに魅かれる人も多い。

     

最後に城山台公園の説明には、何と、大仏鉄道には現代の新幹線につながる歴史と人脈のあることが書かれていて感動的である。そのまま引用する。
「また、関西鉄道の軌間は1.067mでしたが、大仏鉄道建設当時の白石直治社長は広軌化論者であり、大仏線の黒髪山トンネルは現在の新幹線と同じ広軌(1,435m)への改軌に対応して作られていました。白石社長の下で働いた島安次郎氏は後に鉄道院に移り、広軌による東京・下関間弾丸列車構想をまとめました。そしてその子息の島秀雄氏が技師長として東海道新幹線の誕生に心血を注ぎ、新幹線の生みの親と言われていることは、我が国の鉄道の歴史の中において、大仏鉄道が光り輝く別の側面を持っていることを示しています。」


■任意引退 大野木康夫

私の地区の秋祭では10月の第3日曜日に神幸祭があり、私も長い間、舁き手として参加していました。
今年は、当日に身内の不幸があり、参加できなかったのですが、その後の氏子組織の理事会(一応理事です。)で、裏方の手が足りないので手伝うよう強く要望されたため、舁き手は引退ということになりました。
今年参加できなかったため、プロ野球の「任意引退」のような形で来年から裏方に回ることとなります。
舁き手をしていたのは力を振り絞ったときの興奮と少しの疲労感が心地よいと思っていたからですが、来年からは冷静に祭に携わることとなります。

これまで撮影した、力が入った祭の写真を集めてみました。

日吉山王祭

  

松尾大社神幸祭

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岸和田だんじり祭

  

亀崎潮干祭

  

祇園祭神幸祭

  

貴布祢神社夏季大祭

  

百舌鳥八幡宮月見祭

  

飾磨祭

  

灘のけんか祭

  

北条節句祭

  

建水分神社秋祭

  

祭は地域のものだと思いますが、よそから見に来るのにはおおむね寛容で、今のところ気持ちよく撮影できています。
今後も近場の祭の撮影を続けたいと思います。


■ 蟇股あちこち 43  中山辰夫

兵庫県丹波市周辺の社寺です。この地域には中井権次一統の彫刻が多く見られます。
一統の先駆けとなったと柏原八幡宮や県指定の摂社・五社稲荷神社、彫刻が多用されている高座神社、歴史を感じる常勝寺、西楽寺、日出神社です。

 


■今月もニャンコ 酒井英樹

 
 先日、京都府京丹後市の金刀比羅神社を訪れた。

 金刀比羅神社
 鳥居
 

 楼門
 

 本殿
 



 2年前の2021年6月 WEB-MGAZINEで紹介した狛犬。
 全国各地にある神社に鎮座している。
 しかし、狛猫というと・・・全く見受けられない。
 現在では犬と猫が並べられて愛される猫でも江戸時代は、妖猫や化け猫というイメージもあり受け入れられなかったのかもしれない。
 それでも、探してみると1対存在している。

 それが冒頭の金刀比羅神社の境内社木島神社・猿田彦神社に存在する。

 金刀比羅神社境内社木島神社・猿田彦神社本殿
 

 この地域に京極家峰山藩は藩内にちりめん産業の発展させてた
 養蚕に必要とする蚕に害するネズミを退治する猫を狛猫としてしている。

 狛猫
        
 猫を祀る神社は他にあるか調べてみた。
 正式な神社ではないが岡山市に「招き猫博物館」内にある。

  
 

 そういえば、猫の彫刻として・・もっともポピュラーなのが招き猫・・
 一説によると、井伊家彦根藩2代目藩主の井伊直孝が、鷹狩りをした帰りにわか雨にあって大木で雨宿りをしていた際、豪徳寺山門で猫が手招きするようなしぐさをしたため、豪徳寺の中に入った。
 とたんに大木に雷が落ち、猫によって命を救われたことから、豪徳寺は井伊家の菩提所になり、寺は栄えたという話から・・
 近年のいわゆる「ゆるキャラ」ブームの火付け役となった「ひこにゃん」の誕生逸話と同じ・・。

 ひこにゃん

 

 右手を挙げている招き猫は、オス猫・・「金運を招く」といわれ商売繁盛に効果があるそうです。

 

 一方、左手を挙げているものは、メス猫・・「人を招く」といわれ人脈を作ることに効果がいあると言われます。

 


 まれに、両手を挙げている招き猫も・・性別は不明??
 お金も人間の縁もいろいろ欲張りすぎてお手上げ状態を表しているとか・・、他方、両手を上げているので、金運にも良縁にも恵まれる、という意味だと捉える人もいます。
 また、最近ではその姿から万歳をしていて良い結果を得たことを表しているとも・・
 
 

 その他にも、もう、招き猫??といえるでしょうか・・

                           
 

 招き猫生産日本一の 愛知県常滑市には招き猫通りがあり通りには様々な姿をした・・その中にも招き猫??と疑いたくな姿の像も・・

                  

 とこなめ招き猫通りのシンボル「とこにゃん」(幅6.3m、高さ3.2m)

  

 常滑市内にある商業施設内にある巨大招き猫(高さ7m)「オタフク」

  


 招き猫のポーズは猫の毛繕い(「顔を洗う」)動作ともいわれている。
 前回(8月)に紹介した神部神社・浅間神社(静岡市)『目覚めの猫』も同じ習性をモデルとしており、ルーツな同じなのも知れない・・

 『目覚めの猫』

 

 足掛け2年半・・遅きに喫してすみませんが・・猫に宿題はこれにて・・。
 


■大授搦 のシチメンソウと野鳥 田中康平

紅葉のシーズンになってきた。有明海沿岸ではこの時期シチメンソウという海辺の一年草が真っ赤になるので海の紅葉とも呼ばれているようだ。有明海は干満差が大きく海辺の植物は満潮時には塩水を被る、塩水にも耐えられるシチメンソウの様な塩生植物だけが干潟に広く存在でき秋には美しい景観を作る。また秋は野鳥の渡りのシーズンでもあり干潟にはいろいろな種類の野鳥が群れで見られる。野鳥は波打ち際付近で餌を採るため水際が陸地に近い満潮時が観察にいい。大潮では潮が高すぎるので大潮をやや過ぎたあたりがいいかと有明海沿岸の大授搦 (東よか干潟)に出かけてみた。搦という呼び方は江戸時代のもので干拓地を意味している、杭を打ってこれに土を絡ませる手法で干拓したということに由来しているらしい。有明海に面する地方では昔から干拓で陸地を広げてきたという歴史もある。
12時頃が満潮、潮位4.5mくらいという予測で、野鳥観測にいいと言われる潮位5mには足らないがまあ見れるだろうと11月2日に出かけた。結果的にこれはかなり甘かったと悔やまれた。11時過ぎ頃浜について見まわすと、シチメンソウは見事な紅葉だが水際は遥か彼方だ、スコープで野鳥は見えなくはないがカメラの望遠ではかなりきつい。12時になっても潮は大して陸地に近づかない、一応撮って退散した。そんなことではあるが晴れた穏やかな秋の日に海辺を散策することそのものは楽しい。
写真は 1,2:大授搦 のシチメンソウの眺め。水際はかなたにある。 3-9 干潟に渡ってきている野鳥、 3:ズグロカモメ、4:ズグロカモメと昼寝しているハマシギ、5:ダイシャクシギ、6:飛行するダイシャクシギの群れ、7:餌を採るチュウシャクシギ、8:パイプにとまるクロツラヘラサギとみられるサギ、9:遠い水際

         


■オーバーツーリズム 川村由幸

10月の秋の高山祭に合わせて高山と白川郷へ出かけてきました。
高山祭の二日目は正午前にとしゃぶりの雨が降り、午後の祭は残念ながら中止となってしまいました。

   

屋台蔵に納まった屋台を見て満足するしかありませんでした。
ただ、私を驚かせたのは外国の観光客の多さでした。
昨年訪問した京都では気にもなりませんでしたから、高山でこれほどなら今の京都は大事なんでしょう。
高山でもすれ違う観光客が外国人多数なのです。韓国や中国からの観光客は日本人と明確に区別出来ませんから
さらに外国からの観光客が多いと思われます。

   

その感じは白川郷でも変わりませんでした。集落の中を散策する観光客は外国からの人々ばかりでした。
白川郷を去る時、駐車場に向かう吊り橋で、すれ違うのは100%外国人と感じるほどでした。
ただ、高山や白川郷では京都で叫ばれているようなオーバーツーリズムによる弊害を感じることはありませんでした。
同じ観光客だったから感じなかったので、高山や白川郷にお住いの住民の方々は日々感じていることも考えられますが。
なぜ、これほどの外国人が日本を訪れるのでしょうか。
円安、日本食、特異な文化 なんなんでしょうね。
多くの外国人に日本を知ってもらうことが悪いこととはもちろん思いません。
でも、マグロや鰻の美味しさが世界中に知れ渡れば、資源が不足するは明白。資源保護が重要となり日本人もマグロや鰻を食べられなくなる。そんなことが起き始めていて、今後さらに厳しい事態が起こるのではと危惧されます。
日本のメジャーな観光地を訪れる時は外国からの観光客が多いことを覚悟して出かけることにしましょう。



■「豊洲運河陽光」 柚原君子


Sさんから「亭主殿が不在!マツタケ入手!。新米有り。来ない?」と電話があって集まることになった。

Sさんのマンションはベランダのすぐ前を豊洲運河が流れていて、船が多く行き交う。
波しぶきが立つ。その波頭に秋の柔らかい陽が当たってキラキラと光ている。

川をへだてた向こう側では、芝浦工業大学が移転してくるための建設工事が始まっていて、大型クレーン車が何台もゆっくりと動いている。まるで遠くの草原でキリンたちがゆったりと動いているような不思議の世界にも見える。そんな土曜日の午後。



Sさん宅の明るいリビングの中では、マツタケと新米のご飯が炊き上がっていた。黄色いたくあん、真っ白に茹で上げられたカリフラワー、到来物の湯葉の昆布巻きがそれぞれの大皿にいっぱい。食卓の真ん中にはキューピーマヨネーズ。

お茶は葉ッパごとミキサーにかけて粉末にしたものがおいてあるので、各自勝手に湯飲み茶碗にすくい入れてお湯を注ぐ。お茶は葉ッパごとがいいよね。がんにならない。カテキンがいい。血液をさらさらにする。体脂肪減らす。知っている情報をみんながしゃべりあう。

「マツタケ、新米、亭主殿不在、こんなに何拍子もの都合の良さがそろったのは久しぶりねぇ。早く食べよ、食べよ」
たっぷりと太ったSさんが、しゃもじを振り回す。
マツタケなんてしばらく食べてないから、うれしい!みんな自分の家のような顔で言い合う。それぞれの前に、丼にてんこ盛りにされたマツタケご飯が並んだ。
「急な召集なのに、みんなチャントそろうものなのね」
とSさんが笑って言った。呼ばれれば、万難排してみんな集まってくる。マツタケにつられたにしても、女ともだちの固い友情は老後に向けて絶対不可欠条件だから、みんな今から努力を惜しまないのだ。



「世間様に対して面目が立たないから、全員で沖縄に引っ越すぞ!って夫が言うのよ」
「なんでまた沖縄に。いったい全体、誰が何をしでかしたのよ」
「沖縄はね、温暖な気候だから一年中Tシャツとビーサンで暮らせるから、衣料費が安上がりだっ、て夫が言うのよ」
「だから、衣料費のことはいいから、引っ越すわけは? 引っ越すわけを早く言いなさいよ。この間もTさんが、娘さんが同居しようよといってくれるから、言ってくれるうちに同居をするって、福生まで引き取られていったばっかりでしょ。あんたも深川を離れるっていうの?」
「息子がね。大学にもう7年も在籍しているでしょ。来年の春に卒業できなければ、世間様に肩身が狭くてこの深川には住んでいられないぞ、って夫が言うのよ」
「なぁんだ息子を脅かしてやったってことなのね」
「少し脅かしてやらなければ駄目だ、って夫が言うのよ。出席日数が足りなくて7年も留年させたのは私と夫の責任であるかもしれないけどね。今日は授業がないなんて、息子が言うことを真に受けて朝寝させておいたりね。で、夫がもう駄目だって。脅しをかけてやるって。マンションを売って家財道具を全部処分して、父さんも会社を辞めて引っ越すぞ、って」
「今の子は育ちが遅いっていうけど、親も結構まあそれでもしかたがないかぁ、って面倒見てしまっているところあるよね」
「そうそう、結婚だってね、特に薦めないし。苦労が多いから自由に生きるのもいいんじゃない、って言ってしまう親もいるよね」
「結婚しないで子ども作んないで、年金資金は細るばかりじゃん。世代間の助け合い運動はどうなるの」

そうそう年金と言えばね、で話の向きが変わった。主婦が得意とする話題急転換である。



「実家の95歳のおじいさんが寝たきりで。年金をたくさんもらっているから、介護保険も十分に利用できてヘルパーさんが毎日来るの。そのヘルパーさんと結婚したいっておじいさんが言い出したの」
「95歳でケ・ッ・コ・ン!」
みんなでハモった。
「そう。ヘルパーさんがとても親切にしてくれるし、そのヘルパーさんは未亡人で、かわいそうだって。結婚しておけば、自分が亡くなった後にも、自分が貰っている年金の半分が遺族年金としてそのヘルパーさんにいくだろうから、お世話になったお礼に結婚したいって。おじいさんはアタマがまだしっかりしているし、実印も持っているでしょ。危ない危ないって、兄嫁さんはヘルパーさんを会社ごと首にしちゃったわよ」
「そんな手もあるのか。年金もそんな風に故意に誰かに引く継ぐことができるんだね」
「いけないことですわね。今わが国の年金は財源不足ですよ。厚生労働省は国民年金保険を2006年度から毎年600円ずつ値上げしていって、2011年度以降は17300円で固定するって言っているけど、どんな暮らし向きの人も一律17.300円払うんですのよ。うちは払えないわ。95歳のおじいさんの再婚はやめてほしいわ」



マツタケは歯ごたえよく女たちのおなかに納まった。おじいさんのケ・ッ・コ・ン話は、得意な急展開で誰かの恋の打ち明け話にでも続いていくのかと思えば、そうはならず、それよりも年金を貰う額だけどね、と話が移っていった。

艶話は娘や息子たちの恋の行方を吟味しあって溜飲を下げている。ドッタンバッタンと派手な夫婦喧嘩の話も、近頃ぱったりと誰の話題にも出ない。
窓の外の豊洲運河に目をやると、晩秋の午後の陽の光が妙に優しい。いやいや、優しくなったのは自分たちのほうなのか、とふと思う。


■ おばちゃんカメラマンが行く 事務局

★今月のニャンコ

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