Monthly Web Magazine Dec. 2025
■ 今年の紅葉風景 異変の理由 瀧山幸伸
桜と紅葉は日本文化と密接な関係があるので毎年欠かさず調査を続けている。今年の紅葉風景はかなりの異変が見られた。
まず最初の北海道では、長引いた残暑の影響か、通常は9月中旬から月末までの大雪山系の紅葉は全く見られそうになく、さらに悪いことに大雪高原沼ではヒグマが人に付きまとったため入山禁止となってしまい、結果的に9月15日に一度帰宅することとした。
北海道の紅葉の二度目の訪問はずっと遅らせて10月8日から。しかし大雪高原や銀泉台は当初の予定通り既に道路が閉鎖されていて残念。
十勝岳は初雪と紅葉が美しかった。
平地に近い紅葉は福原山荘以外は芳しくなかった。
所要も重なったためこれ以上の滞在をあきらめて10月12日に帰宅の途についた。
一方、本土の紅葉は当たり年だった。
まず10月下旬の青森から。八甲田山の紅葉はかなり良かった。
十和田湖の紅葉は終盤だったが赤と黄色と緑が鮮やかでかなり味わい深かった。
秋田では、角館はインバウンドで混雑がひどかったが街並みに調和した良い紅葉だった。
田沢湖は観光名所の喧噪まみれの紅葉よりも農村の紅葉風景が静かで好ましかった。
岩手宮城秋田にまたがる栗駒山は冠雪と須川湖の紅葉が美しかった。
山形では、鳥海山鶴間池の紅葉が、アクセスが悪いがとにかく素晴らしい。
福島では、裏磐梯の五色沼はベストではないがまずまずの紅葉だったし、猪苗代の土津神社も夕刻と早朝の紅葉が美しかった。
須賀川牡丹園は紅葉の穴場だ。牡丹の風景とは異なり、人が少なくのどかな紅葉が楽しめた。
11月はインバウンドのオーバーツーリズムの影響で紅葉風景が騒がしい。さらにインバウンドの人々は原色の服装を好むので紅葉風景が崩れる。マナーが好ましくないなどでかなり疲れた。それに加えて宿は取れない、取れても異常に高い。
東京から西に行くに従い常緑樹が多くなるので桜も紅葉もバックグラウンドの風景が変わる。
長野は東北に近い植生なので紅葉が美しい。小諸懐古園の紅葉は人が多くなく見事だった。
茅野の長円寺は小さな寺で期待していなかったが、鮮やかな紅葉だった。
高遠城跡の紅葉は桜の時期とは異なりあまり知られていないので静かでよかった。
岡谷の出早公園は地元の人ばかりで静かなうえ水音も爽やかで味わい深かった。
ところが、岐阜の白川郷 荻町はインバウンドでとんでもなく混雑しており、とにかく疲れた。
石川の金沢兼六園の紅葉はいつも期待を裏切らない。
小松の芦城公園はこじんまりした城館跡だが地元の方しかいないので静かに楽しめた。
福井の花筐公園は古典文学に思いをはせることができてとても良かった。
滋賀京都奈良は混雑が想定できたので、福井から西に京都北部に進んだ。
綾部の安国寺はまだまだ早すぎ、梅松苑と旧岡花家住宅も数日早かった。
福知山の長安寺は今回も美しかった。
天橋立はどの季節も素晴らしい景観だが、成相寺の紅葉は美しかった。
ここから兵庫に入り養父神社へ。曇り空だったがまずまずの紅葉だった。
姫路の圓教寺は早朝登山で参詣したので静寂の紅葉を楽しめたが、その後はインバウンドの観光客がひしめき合い喧噪が激しかった。
やむなく四国の紅葉に退避した。
栗林公園は午後だったので紅葉が日陰になり期待したほどではなかった。
高松港から小豆島へ行き、寒霞渓を訪問した。道中のフェリーもバスもロープウェイもほとんどが中国語のインバウンド客で、自分が中国の観光地にいるのではないかと錯覚するほどだった。山頂でも皆大声ではあるが雄大な地形ゆえにそれほど苦にならなかった。
高知では仁淀ブルーと紅葉の風景を見たいと思ったのだが、中津渓谷も安居渓谷もあいにくの曇り空で、目が覚めるような紅葉ではなかったがまずまず感動した。
愛媛に入り、西条の興隆寺に立ち寄って帰宅した。この寺はいつの時期も静かで好きだ。
12月に入ると中国からの渡航規制の影響でびっくりするほどインバウンドが激減し、日本文学に登場する本来の紅葉の情景が戻った。
日本海側は天候が良くなかったので太平洋側を西に進んだ。
静岡の小國神社は水に写る紅葉が幻想的だ。実物を見るよりも映像のほうが数倍美しい。
愛知では、鳳来寺山にはそれほど紅葉はないが、今回は尾根道を修験者のように縦走した。鳳来寺周辺には見栄えのする紅葉が多く、これまた楽しめた。
定光寺の紅葉はかなり美しかった。
岐阜の養老の滝周辺の紅葉は実に素晴らしかった。
三重では四日市の水沢もみじ谷は殿様が愛でた紅葉ということで訪問したが、早すぎた。
いなべの聖宝寺の紅葉は午後に訪問したため鈴鹿山地の日陰になって鮮やかではなかったが、肌寒い雰囲気もまた良かった。
ここから滋賀に抜け、湖東三山の西明寺、金剛輪寺、百済寺、湖南三山のうち長寿寺、常楽寺は紅葉の終盤なので静かでよかった。
大津の園城寺、日吉大社と、いずれも終盤の紅葉だったが人が少なくとても良かった。
ここから紀伊半島を時計回りに一周し和歌山へ。
和歌山城の名勝紅葉谷庭園を楽しむ。
救馬渓観音は溶岩地形の紅葉が面白い。
粉河寺で最後の紅葉の名残を味わう。
12月8日に根来寺紅葉谷へ。落葉なのでパス。
最後に奈良の南法華寺(壺阪寺)に参拝。やはり落葉していた。
これで今年の紅葉調査をほぼ終了することとなった。
■ 紅葉狩り 大野木康夫
11月15日
書写山圓教寺
堀家住宅の一般公開のついでに立ち寄りましたが、紅葉は全く意識していませんでした。ロープウェイで山上に着いてすぐ、もみじまつりの看板を目にして、紅葉の名所であることを知りました。
十妙院唐門付近、摩尼殿、本坊付近、本多家廟所など、きれいに紅葉していたので撮影枚数が跳ね上がってしまいました。
沢山の方が訪れていました。
11月20日
今年から職場が高雄の近くになったため、前半休を取って三尾方面を撮影しました。いつもの出勤時間に家を出るとお寺の拝観開始時間(8時30分)より早く着いてしまうので、奥の岩戸落葉神社から撮影を始めました。
岩戸落葉神社
イチョウの大木は鮮やかな黄色になっていましたが、もう少し葉が落ちれば境内が黄色に染まってきれいになると思います。人も私を入れて3組4人と少なめでした。
近くの小野郷出張所の所長(職場の後輩です)によれば、昼から日が射してきれいになるけどその時間帯は人が多いということでした。
高山寺
8時30分の開門直後に入山しましたが、早朝拝観ツアーが2組入れ違いに入山したので静かな雰囲気ではありませんでした。
紅葉時期は入山に500円、石水院拝観が1,000円と以前に比べて割高になっています。
開山堂付近の紅葉、遠くから見る石水院の風景が印象に残りました。
西明寺
高雄小学校の児童が集団で拝観しており、本堂右手の庭園の撮影に苦労しました。それを除けば人は少なめでした。
神護寺
平日だからか人が少なく、金堂前の石段でも無人の状態で撮影ができました。紅葉風景を堪能できました。
11月23日
神戸相楽園
船屋形の外観公開目当ての訪問でしたが、日本庭園の紅葉も船屋形周辺を中心に鮮やかに色づいていました。
11月26日
東寺ライトアップ
職場の方から招待券を戴いて訪問しました。6時の開門時には行列ができていたそうですが、7時30分頃に行ったら待たずに入場出来ました。池に映る紅葉と五重塔が美しかったです。
11月28日
休暇を取って家内と紅葉巡りをしました。
勝尾寺
朝早くに訪問したらスムーズに入山できました。外国人観光客が多く、帰るころには観光バスが多く訪れて入山待ちの列ができていました。
楊谷寺
京都府内ですが大阪に近いので大阪のお寺の雰囲気が濃いような気がします。入山料が1,000円、上書院拝観が1,000円でした。花手水など、撮影スポットを作っているのもあり、多くの人が訪れていました。
善峯寺
紅葉の盛りで、どのスポットも絵になる感じでした。人も少なく、紅葉を堪能することができました。
十輪寺
ついでに寄ったのですが、意外に見ごたえがありました。2組の夫婦で貸し切り状態でした。
11月29日
かなりの人出を覚悟して紅葉の名所を回りました。
円光寺
今年から時間指定の完全予約制になっていました。9時の朝一番の予約ができましたが、1回50人なので、門前に多くの人が待っていました。書院では、人が遠慮して軒先を通らなくなっているのと、ほぼ全員が書院の奥から撮影しているため、ほぼ無人の風景を撮影することができるようになっていました。
詩仙堂
盛り過ぎになっていました。ときおり団体客が訪れると書院の座敷が一杯になってしまいます。
蓮華寺
ここも書院の奥に固まって撮影優先の状況でしたが、団体客が訪れると座敷が人で埋まります。紅葉はよく色づいていました。
清水寺
相当の混雑を覚悟して土曜午後に訪問しました。相当の人出でしたが、撮影に長時間待つということはありませんでした。午後からなので、いい光線具合で撮影することができました。
11月30日
智積院
紅葉を見に行ったことがなかったので朝一番に訪れました。鐘楼周りの紅葉が鮮やかで、名勝庭園も見ごたえがありました。
人も少なかったです。
今年は近場の紅葉を中心に撮影し、それなりに満足できました。
■ 「言葉のあぶく」その10 野崎順次
30年以上前から、おもしろかった話や、ふと思いついたことをメモしています。年を取るとさすがに老人ネタが増えてきた。
・ 酷暑の日、JR王寺駅からタクシーに乗った。運転手さんはおじいさんである。こんな日だから、熱中症が話題になった。運転手さんいわく、変な病気で長患いするより、熱中症でポックリ死ねたらその方がええやんか。なかなか斬新な発想である。そういえば、ちかくにポックリ寺(吉田寺)がある。
・ 酷暑の真昼に平野塚穴山古墳(奈良県香芝市)を見て、杖をついて汗をビッショリかいて、最寄りのバス停に着いた。元気なおばあさんがいて、直ぐに話しかけてきた。お元気そうですねというと「私、何歳に見える。」とか、面白くもない話題に引き込もうとする。足腰故障皆無で、フットワーク軽くダンスのステップを踏みながら話をする。85歳で5年前にご主人が亡くなり、近くの墓地に眠る。どこに行ったのかと聞くから、古墳の話をしたが文化的な話には乗ってこない。終点の王寺の駅では、客待ちのタクシーの窓をコンコンと叩いて「暑いけど頑張ってねえ」と声をかける。運転手は客かと思ってドアを開けるが、もちろん、激励しただけ。元気で明るすぎるばあさんには困ったもんだ。
・ 昔の話だろうが、巨人の選手は試合前にひげを剃るが、阪神の選手は試合後にひげを剃る。清潔な顔で飲みに行くため。掛布のYouTubeで誰かが云っていた。
・ お月さまとかけて、入れ歯ととく。その心は、夜出てくる。
・ 電車の中で、おじいさん一人とおばあさん二人が立って手話で会話していた。すると、もう一人のおばあさんがやってきて、私の隣に座って、3人に向かって手話で話しかけた。知り合いらしい。おばあさん同士の話が盛り上がってきて、手を激しく動かしながら、二人のおばあさんがこちらにやってきた。おじいさんは一人残されて、手をポケットに入れてしまった。「無口」ではなく「無手」というのだろうか。
・ 伊賀鉄道で、1日フリー乗車券を買ったら、駅員に「何回も乗るのですか?」と聞かれた。駅員のする質問ではない。
・ JR加茂駅に着く前に英語の車内放送で女性アナウンサーが駅名を連呼する。 「カモン、カモン」と聞こえて色っぽい。
・ 意外と濁らない読み。JR堅田は「かたた」、冤罪の袴田さんは、「はかまた」、伊賀市の地名の小田は、「おた」。
・ 欧米人と目が合うといつも向こうから微笑みかけてくる、とパリ在住の知人(日本人)にいうと、私の眼が細いので彼らには笑っているように見えるからだという。
・ 電車の優先座席で二人の老人が並んで話をしていた。年上の方が途中下車すると、少し若い方は普通座席に移動した。その心境は分かる。
・ 真夏に大汗をかきながら、奈良公園に行った。いまさら鹿せんべいを買う気はない。それでも寄ってきた鹿は私の腕をベロリベロりと舐める。汗が乾いて塩分が付着している。
・ 紀伊風土記の丘の重要文化財旧谷山家住宅(漁家)には禁煙の表示があるが、内部を乾燥させるため囲炉裏に火を入れていて、すごく煙たい。
・ 神戸市長田区の公衆トイレでは、男性用のほうにも、「異性(すなわち女性)がいたら痴漢とみなします」という意味の注意書きがある。当地の女性にはそんなワイルドな人がいるのかな。そういえば、若いころ、大阪のどこかで、女性用便所が混んでいた時、男子用に複数のオバハンが入ってきて、「私ら今だけ男やねん」といって大便所を利用していた。
・ 祇園のラブホテルの名前が、ずばり、HOTEL LOVE INN。
・ 栃木県の地名で「芳賀郡芳賀町芳賀台」というのがある。ハガハガハガ!
・ 近鉄日本橋地下駅の柱に大きな文字で新歌舞伎座の広告が出ている。「この上には、このうえない、感動があります。」
北関東には、日光東照宮の彫刻に携わった彫刻師が彫り上げたとも言われる彫刻を飾る社寺が多く、優美さを誇っています。
この地域の社寺建築の大工、彫刻師、塗師などの工匠は大半が江戸より来ているとされます。
北関東に多い遺構の中でも 群馬に鎮座するこの二神社は彫刻が特に優れたものとされます。
■ 紅葉八幡宮 田中康平
福岡も紅葉の季節になった。この地では平地では11月末くらいがその季節に当たる。
福岡市内の紅葉の名所としてNetでも紹介される幾つかの中で少し気になるのが紅葉八幡宮だ。とりあえず訪れてみた。
市内のやや西の西新近くにあり、いかにも紅葉が名物の八幡宮ですという名前に見えてしまうが、少し調べるとそういうことでもないようでちょっと面白い。
まずは紅葉八幡宮という名の八幡宮は全国的に見てもここ福岡にしかないようだ。もちろん紅葉で知られる八幡宮は多々あれど名前に紅葉と銘打ったところはない。
調べると福岡のこの八幡宮の名も創建の頃はただの八幡宮だったようで、社伝によれば平安時代後期、陸奥国柴田郡より来た柴田氏が八幡神像に土地の守り神(産土神)の分霊を迎えてお祀りしたことがこの神社の始まりとされている、とある。前九年の役等の当時の奥州の騒乱から逃れてきたとみられているようだ。
室町時代の文明14年(1482年)、子孫の柴田蔵人佐繁信が一族を連れて橋本村(現西区橋本)に住むようになり八幡神像をお祀りするため社殿を創建したというのが神社の形となったはじまりのようではある。
1666年になって黒田藩主より寄進もあって百道(ももち)松原(別名紅葉松原)に遷座、このころより紅葉八幡と呼ばれるようになったようだ。百道(ももち)の名は「揉み地」からきておりここは元寇時に蒙古軍と日本軍が激しく揉みあった地、に由来するとする説があるようで、それらしく思える。もみち松原が転じて紅葉松原となりその地へ移ってきた八幡宮が紅葉八幡と呼ばれ自らもそう称するようになった、というあたりが紅葉の名の由来のように思える。
近年になってここを鉄道が通ることになり大正2年に海岸から少し離れた現在の地に更に遷したという。その後紅葉の名前にちなんで境内に紅葉が多く植えられるようになり紅葉の名所と呼ばれるようになってきたということのようだ。揉みじは揉みだすように産道を抜けるとして安産祈願にいいともされているようでもある。調べていくと名前がまずあってそれが形を作っていくというあたりが面白い。
写真は境内の様子。安産のお宮ということもあって七五三の宮参りのいでたちも目立つ。
■ 北九州に行ってきました 川村由幸
11/20から22に仕事で鉄の町北九州市に行ってきました。
北九州は40年近く務めた仕事の生産工場があり、なじみ深い土地です。
にも拘らず、今まで文化財の撮影をしようと考えたことがありませんでした。
今回、日程が三連休に絡み混雑から思うような時刻の航空機が予約できず、空き時間の多い行動予定となってしまったことから、北九州の文化財を撮影することにしました。
それでも、久しぶりの北九州で旧知の仲間との宴会は当然のこと、仕事での会議、懇親会とそれなりに時間はおさえられており、合間合間の撮影を楽しみました。
宿泊が2泊とも若松区でしたので、まずは重要文化財の若戸大橋から
八幡区と洞海湾を超えて若松区をつなぐ若戸大橋。鉄板を溶接でなく数多くのリベットで接合しています。東京タワーと同じような工法です。
普通、若松区を訪ねる場合、小倉からタクシー移動なのですが、今回は若戸大橋を良く見ようと思い小倉から戸畑まで電車移動し、若戸大橋に沿って運行している渡船に往復とも乗船しました。
タクシーで若戸大橋を渡っても橋の姿を見ることはできませんから。
次に訪ねたのが、火野葦平旧居 河伯洞。代表作「花と竜」は若松が舞台です。
午後からは会議でしたから、開館一番乗りで入館。管理の方はまだ掃除をされていました。
なんと、火野葦平はここで自殺していたのですね。知りませんでした。
立派な庭のあるいかにも文豪のお宅という雰囲気でした。ただ、いろいろな展示物が並べ過ぎられていて、かえって雰囲気を壊してしまっているように感じました。
最後に訪ねたのが門司レトロです。
ここは観光客で一杯でした。台湾の方なのか中国語が沢山飛び交っていました。
なにかイベントがあるようで門司駅前は食堂のようでした。素晴らしい建造物も台無しです。
門司レトロは過去にも一度訪ねたことがあり、今回も三井倶楽部に代表される洋館を見て歩きました。
ただ、前回よりもただただ人が多い。インバウンドがありがたくない日本人の一人になったようです。
2泊3日の北九州、二晩共に強くアルコール消毒されましたので、帰りの体調は最悪でした。
羽田でモノレールに乗った瞬間、キャリーケースを投げ出したくなりました。
公共交通での遠方移動が厳しい年齢になってしまったようです。
■ 「キスと読書」 柚原君子
ソファで孫と婿殿が携帯に見入っている。そっと覗くと孫は漫画を見て婿殿は読書をしている。
今流らしいが、昭和生まれの私には紙媒体でないと読んだという実感がない。どうしても手元に置きたいものは仕方なく買うが年金暮らしではそうそう新書を買うわけにはいかない。だから普段は図書館を利用している。新刊書も申し込んでおけばやがて手にすることができる。やがてというのは10番待ちだったり20番待ちだったり本の人気によるからだ。人気本を半年待ったこともある。また図書館では昔読んだ本を本棚から見つけて読む楽しみもある。当時感じなかった感覚に浸れて年経ての読み戻しも捨てたものではないと思える。というわけで今回は図書館エッセイ
★
東京都の図書館利用条件を見ると、貸出基本条件は居住者と勤労者としているのはどの区も同じ。加えて区外すべてOK、隣接区のみOK、指定している区外のみがOKといろいろなパターンがあるが、どの図書館でも何となく登録できるような気がしないでもない。
私はI区に住んでいるがT区の区境なので両方の図書館を利用することができる。区によって随分とちがうのだなぁ、というお話(別に悪口ではありません)。
I区……親切。いろいろな面でゆるい。
本の中紙が多少折れていても返却の日に黙ってそっと直してくれる。返却本を再び借りたいときは、待ち人がいなければそのまま貸してくれる。本棚は下の方が斜め上向きになっている造りで、それほどかがまなくても本の背表紙を読んでいくことができる。
返却BOXは地域の大きなスーパーマーケットの横にもあって、返却だけであれば、日常の買い物のついでに返却することができて、図書館に出向かなくて済む。主婦が一冊二冊の本をBOXに入れているのをよく見かける。I区にはたくさんの図書館がありその図書館の地域性はあるのだろうが、ロビーのソファには結構だらしない人が多く、寝ている人や住まいのないような人が見受けられることもある。親切な図書館なので、特に注意はされない様子。
T区……キリリとしているといえば聞こえがいいが、割とつんとしていて融通は利かない。
本の中紙など、ちょっとでも折れていたら大変なことで、気を付けて扱ってくださいね、あまり雑にされますと、次回から貸し出せませんから、と。本棚は下方でもまっすぐなので下の列の本は、年寄りにはかがむのがきつく、見る姿勢が長く続けられない。それならばと私は座れる小さな折り畳み椅子を持って、下の段の本を、持参の椅子に座って手に取っていたら、すぐに職員が飛んできた。自分用の椅子を持ち込まないでください、と注意をされた。
また、後日、それならと本棚の脇に置いてある図書館の椅子を少し移動させて、それに腰かけて、探したい本棚の下方を見ていたら、すぐに職員が飛んできて椅子を移動させないで、本を持って所定の椅子の方に行ってください、と言われた。ちょっとむっとした。
それ以来、私は座っても可能なズボンをはいて、通路にぺったりと座って、下段の本を見る。いまのところ、座ってはいけませんのコメントはいただいていない。(チラチラ見られてはいるが)
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I区は返却本を再び借りたいときは待ち人がいないことを確認して、いなければ再び借りることができたが、かたやT区は返却本は返却日当日は再び貸し出せませんという。ある日見ていたら、私の返却本を職員が本棚に返したので、それを借りたらすんなり借りることができた。なんだかなぁ……と思う。
T区のロビーのソファは三人しか座れる部分がなくて、変な人はいない。キリリとして清潔感はある。でもなんとなく温かみがない。
★
I区もT区も職員の感じがおもしろいなぁ、と比べてみるだけでどちらが好きとか嫌いとかはなく、平均して月に十冊から20冊は借りている。しかし、その半分も読めないことが最近は多い。読書のみならず根気がなくなった。
思えばキス、抱き合う、手を握るなどなどをドキドキとして文面を追った青春時代の石坂洋二郎の本を、数学の時間に教科書の中に挟んで夢中で読んで廊下に立たされた……立たされても知りたいことがいっぱいあった中学時代。本も良い香りがした。鼻も耳も目も悪く、知りたいことへの欲望も薄くなり根気のなくなった七十代半ばにいる今。あの中学時代が懐かしい。
■ 酒井英樹
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